痛いような静寂が、その場を制していた。もう火の落とされた暖炉の薪が、時折思い出したように小さく爆ぜる。

 ガイはそんな気まぐれな残り火を行儀悪くテーブルに肘を付きながら眺めていた。その傍らには、テーブルに突っ伏した少女の姿があった。

 艶やかな朽葉色の髪がテーブルの上に広がっていた。







 眠れぬ夜の衝動を。







 今日は宿が二部屋しか取れなかったから、当然のように男と女に別れて宿泊することになった。特別な娯楽もない村で、強行軍で疲れていたこともあり、夕食を取ったら各自直ぐに部屋に戻り就寝することになった。

 激しい戦闘を繰り返して気が昂ぶっていたのだろうか、体は疲れていたけれど妙に神経が冴えていた。

 だから、誰かが部屋の扉を開けて出て行く気配がしたとき直ぐに目が覚めた。

 ルークだと直ぐに分った。

 暫し、同じく気づいたであろう寝台の中のジェイドと無言の応酬をする。しかし、何時まで経ってもジェイドは動き出しそうになかったので、仕方なくガイはむくりと体を起こした。

 また、過保護と笑われそうだな。

 思いながら、部屋から出て行った。





 階下の食堂に足を伸ばしたガイは、そこで思いがけない人物を発見することになる。

「……ティア……?」

 少女はテーブルに腕を組んで突っ伏していたので、顔は見えなかったがあの髪を見間違えるはずもない。

「なんでこんな所に……」

 言って直ぐに気づく。どうせ、同じ用だろう。

 そして、声をかけられない何かを見つけてここで帰りを待つことにしたのだろう。

 ティアが遠慮した場所に自分が踏み込むのも躊躇われて、ガイはとりあえずティアの隣の席に腰を下ろした。

 疲れが溜まっていたのか、少女は椅子の音がしても目を開こうとはしなかった。呼吸に合わせて、細い肩が上下する。兵士として鍛えられてはいるが、土台は華奢な少女の体であることがこうしてみるとよく分る。如何ともしがたい骨格の違い、それでも男の兵士達と渡り合えるように、努力でその差を克服しているのだと思うと、少し切なくなった。

 二人の様子がおかしいことには気がついていた。

 ルークがその命を散らず筈だったレムの塔から帰還してからの事だ。二人の間に流れる奇妙な緊張感。お互いに顔に出すまいとして、どこか白々しく映る笑顔。

 何かがあることはわかっていた。それでも、二人でそれを乗り越えようとしているなら、もういい加減自分もルークを手放すべきなのだろうと、日々ふくらんでいく不安をどうにか誤魔化していた。

「……損な性分だな……」

 こんな所で一人で眠る少女に視線から視線を外してぽつりと呟いた。

 お互いの気持ちなんてもう周りにはとっくにばれているのに、一向にその仲を進めようとしない二人が正直もどかしくもある。相手の気持ちなんか考えず、ただ貴女が心配だとか言って飛び込んで、否応なしに引きずり回してくれればいいのにと願うことすらある。そうすれば、ルークだってどうしようもないあの自己否定感から抜け出せるかも知れないのに。

 自分と相手の間にどうしても横たわる一線を踏み越えないし、踏み越えさせない少女だった。それは、人に頼ることを許されなかった人生に因るものだろう。

 ユリアの血を引く少女。本当は、自分が護るべき存在だった。

 空の見えないあの場所で、どれだけの我慢を己に強いて生きてきたのだろうか。考えると胸が痛くなる。この年にあるまじき冷静さで現実を見据え、それに向かって拗ねもひねくれもせず、ただ必要だから行動する。そこには理想も偽善もなく、ただ単純な、子どもが絵本の中で見いだすようなシンプルな正義感がある。

 だからこそ、折れない。

「………………」

 少女の肩に、そっと自分の上着を掛けてやる。

 折れてしまえばいい。そう思うときも本当はある。そうすれば、きっとルークだって手が出しやすい。もっとどろどろになって、傷を舐め合って生きればいい。

 そして、生きて欲しい。

 お互いにもっと執着して、自分の命にみっともなく固執して、生きることに貪欲になって欲しい。もっとあがいて。

「……一番情けないのは、俺だな」

 失うことに酷く恐れいている自分に気がついた。

 

 障気に毒されながらも自らの仕事を全うしようとしたティアも。

 自らの命を捧げて障気を中和しようとしたルークも。

(なぜ、そんなに死を選ぶ)





 肘を付き口元に手を当てながら、眠るティアを見る。

 整った顔とか滑らかな肌とか長い睫とか、何かの造形物を見ているみたいだった。

(……人形みたいだ……)

 そんなことを考えたら、ふと自分にも触れるような気がしてきた。

 肘をついたまま空いてる手を伸ばしてみれば、本当に簡単に髪に手が届いてしまった。

 冷たくひえた髪は上質の絹糸に触れているような感じがした。掬った先から、指先の合間を滑って逃げていく。それが面白くて、指先に逃げていく髪を何度も絡めていく。

 自分が恐怖症を克服したのか、それとも単純に相手が寝ているせいなのか。

 自分に害を与えないと分っていれば案外行ける物なのかも知れない。そんなことを考えたら思わず欲が出た。

 手を欲張りに伸ばして、耳元の髪をかき上げてからその頬に触れた。



「――――――」

 増長した。

 指先の触れた所から伝わってくる熱。人形にはあり得ない、その滑らかな感触。

 心臓が、大きく収縮した。





「――――ティア!」

 思わず大きな声を出した。

「ティア、起きるんだ、ティア」

 もう、触れない。声だけで、疲れて寝ている少女を無情に起こす。

「ティア!!」

 懇願に近かった。

「……ガイ……?」

 声に目を覚ましたティアがゆっくりと体を起こす。それに合わせて、さっきまで手の中にあった髪がさらりと落ちた。

「こんな所で寝たら体を壊す。部屋に帰ってゆっくり寝るんだ」

「……あ、だけど。ルークが……」

 眠いのだろう。掌で顔を撫でながら、少し寝ぼけた声で言った。

「ルークのことなら俺が待ってるから。だから部屋に帰って。ちゃんと寝ないと体が持たないよ」

「……ん」

 卑怯にも、ティアの体調を心配した振りをして、少女を部屋へと追い立てる。

 恐怖でない物が体を震わしていた。これ以上ここに二人きりでいることは耐えられなかった。

 いや、これは恐怖だ。まだ女性が怖いだけだ。

 部屋へと戻っていく後ろ姿を見ながら、自分に言い聞かせる。





 まだ、怖いだけだ。





 でないと、自分はいくつもの大切な物を失うだろう。

 わかっていたから、ガイは目を瞑って騙されたふりをした。

 体が冷えていく中、指先だけが何時までも熱をもってガイを苛んだ。

 


本命はルクティアなんですが、ガイとかジェイドの方が書きやすい。本命はルクティア。ルクティア(自己暗示中)