Feast where he is not



その広間の天井は高く、常は威厳に溢れていた。だが、今はその威厳は鳴りを潜め、華やかな空気に満ちている。煌びやかなドレスに身をまとい、うわさ話にさざめき合う姿は、端から見れば楽しげだけれど、自分のこととなってしまうとただただ居心地の悪さが身を苛む。ティアは、分不相応な服を身にまといながら、改めてここに来たことを後悔していた。

 周りに気づかれぬように、そっと肺に溜まった息を吐き出す。

 あの戦いが終わって、1年の月日が経った。共に戦った仲間は、それぞれ居るべき場所に戻り、立場は変われど今も戦い続けている。それは旧体制との決別であり、過去に封じた物との再会であったりそれぞれで、もう頻繁に合うことは叶わなくなっていたけれど、それでもそれぞれの場所で頑張っているだろうと言うことだけは分った。

 そして、今ティアは、ナタリアの誕生の祝いに招かれ、この場所にいた。

 バチカル。

 居るだけで、未だ帰らぬ彼を思い起こしてしまうこの場所に来るのが辛くて、一度は招待の手紙を断ってしまった。仕事の都合がつかなくてとか、そんな場に着ていけるような服もないとか、適当な言い訳をして。

 すると、さすがはナタリアだ、ダアト経由で仕事の調整をさせ、服まで用立てて来た。逃げ場を塞ぐ手腕は、未来を期待できる物だと苦笑した。それでも断りたかったが、ただでさえ忙しい彼女にこれ以上自分のことで手間をかけさせるのが悪くて諦めてここまで来たのだが。

「……やっぱり断れば良かった」

 国の主要人物達が集まるこの場所に、一介の兵士たる自分はあまりに場違いな気がして壁に寄りかかって、優雅なる人たちをぼうっと眺めていた。ナタリアから贈られた服は、とても綺麗で心が浮き立ったが、あまりに上質なそれは、馴染むにつれ彼女と自分の身分の差を教えるようで少し重い。

 それでも一言だけでも挨拶が出来ればと思って、まだ会場にとどまってはいたが、主賓たる彼女はとても忙しそうで、次から次へと挨拶に訪れる人の対応に精一杯のようだった。一件華やかな式典だが、彼女にとっては戦場に等しい。笑顔の裏でたくさんの思惑を読み取り、かわし、言質を取る。彼女は、その戦場を選んだ。

 そんな場でも、自分が挨拶に行けば、多分破格の対応をしてくれる。作り物でない笑顔を浮かべて自分のために時間を特別に時間を割いてくれるだろう。分っていたけれど、階上のその場に行くのが怖かった。

 そこには、きっと彼の、彼らの両親が居るだろう。

 会って、何を言えばいいのか分らない。自分は彼の戦友であり、仇の妹でもある。

「…………」

 そして再びふかい溜息が漏れた。

 こんな事なら、ガイなりアニスなりと連絡を取り合っておけば良かった。あまりに人が多くて、来ているはずだが会えるかどうかわからなかった。

「……帰ろうかな」

 ナタリアにはきっと恨まれるだろうが。そんなことを考えていたとき、声をかけられた。

「失礼。少しよろしいですか?」

「え? はい……」

 振り向いては見たが、そこにいたのは知らない男だった。優しそうな風体で、にこやかに笑っている。

「お一人ですか?」

「え、えぇ、まぁ……」

 口ごもりながら答える彼女に、男は少し笑みを深くした。

「驚かせたならすいません。一人で寂しそうに見えたものですから」

「…………」

 そんなこと無いとも言えず、曖昧に笑うと凛とした彼女の雰囲気が余計さびしげに映った。

「……あまり、お見かけしない方のようですが、どちらにお住まいなのですか?」

「あ、私はローレライ教団の者です」

「おや、それは失礼しました。お若いのに、高位の方なんですね」

 教団内での地位で、この宴に呼ばれたと勘違いされたらしい。ティアは慌てて首を振った。

「そんなんじゃありません。ただ、個人的にナタリア、殿下と親交があったもので、そのご縁で……」

「それは素晴らしい。ナタリア殿下のご友人か!」

「あ、ええと……」

 友人を名乗っても彼女は怒らないだろうけれど、本人の居ないところで友人を名乗るのはどうも躊躇われる。何か適当に言いつくろってこの場を逃げたしたいと思ったが、男はさりげなくティアの手を取っていた。

 ティアはますます困った。自分の顔を知らないと言うことは、あまり軍部に関わりのない者なのだろうか。悪意を感じさせない分対応に困ってしまう。あまり付き合ったことのない人種だった。

「何かお飲みになりますか?」

「いえ、私お酒はあまり得意じゃなくて」

「でしたら、軽い果実酒のような物がいいでしょうか」

 言って、給仕の者を呼び止めた。そういう意味じゃないと言おうとしたときには、彼の手の中には淡い桃色のグラスが握られている。すっかり彼のペースになってしまっている事に焦りを覚えたが、彼の笑顔は親切そのものといった感じで、断るのもきっかけが見つけられなかった。

「さぁ、どうぞ」

 笑顔が迫る。気がつけば腕は腰に回されている。逃げられない。こういうとき、蹴り飛ばして逃げていいものなのだろうか。

 動揺する頭でそんなことを考えたとき、救いの声が響いた。





「おや、ティアじゃないですか。久しぶりですねぇ」





 この人の声がこんなに嬉しかったことは、知り合ってから初めてだ。

「大佐……!!」

 年を取らないにも程がある。詐欺のように見てくれが変わらない男に、ティアは呼びかけた。

「会うのは何時ぶりでしょうか。お元気そうですね」

「えぇ。大佐、いえ、中将でしたね。中将もお元気そうで」

 マルクトの軍服に身をまとった男は、相変わらず胡散臭い笑顔でティアの傍らに歩み寄った。

「今日はピオニー陛下の名代で?」

「いえいえ。こんな平和をアピールしたい時代に、軍人なんかを名代に立てていては失礼でしょう。今日は個人的に招待されました」

「ガイは? 一緒に来たんですか?」

「いえ、私はたまたまベルケンドに用がありまして。そこから来たので、まだこちらでは会ってないのですが……、……おや、話の邪魔をしてしまいましたか?」

 あたかも今気がついたかの様にグラスを手にしたまま会話に入りそびれた男にその赤い瞳を向けた。マルクトの軍服を着た男、しかもそこの王の名すら会話に出るような軍人の存在に、男は明らかに怯んでいた。

「ティア、こちらの方は? お知り合いですか?」

「あ、いえ、そういうわけでは……」

「そうですか?」

 ジェイドはさりげなくティアの肩を引き寄せて男から引き離すと、男に有無を言わさぬ笑顔を向けた。

「申し訳ありませんが、少々彼女をお借りします。それでは」

 言うだけ言って男の返事も待たずに、踵を返して歩き出した。男に少し申し訳ないと思いつつ、ティアは大きく息を吐き出した。





「ありがとうございました。助かりました」

 テラスにまで少女を連れ出してからジェイドはようやくその細い肩から手を離した。外の空気を吸ったせいか、彼女はほっと息を吐く。その様が、少し幼く見えた。

「全く、ティアらしくありませんねぇ。あんな下心満載の男に隙を見せるなど」

「そんな風には見えませんでしたけど……」

 ジェイドの言い分が不服だったのか、ティアはちょっとふて腐れた口調で答えた。

「そんなことを言っているから、いいようにあしらわれていたんじゃないですか。終始あちらの都合の良いように進められていたようですが?」

「……見てたんですか?」

「はいぃ」

 見慣れぬ少女の姿に、自分ですら一瞬目を疑った。

 あの旅の当時から大人びてはいたが、その精神に肢体が追いつきつつあるのだろう。少女の周りにだけピンとした空気が漂って、誰ともなく彼女に視線を送っては気後れして遠巻きに眺めている男の姿があちこちで見受けられた。

 壁の花になるには目立ちすぎる。だが、声をかけるには凛とした空気をまといすぎている。正直、あの男が話しかけたときには、やるものだと感心した。

「だったらもっと早く声をかけてくれればいいじゃないですか」

 ティアがげんなりと溜息をついた。

「いえ、別に楽しんでたわけじゃないんですよ? こう言うときに現れるのがガイのガイたる所以なので出番を取っておいたのですが、いやですねぇ。すっかり彼も耄碌してしまって」

「こんな人混みの中、そうそう都合よく行くわけ無いじゃないですか」

「仲間が信じられないとは悲しいことですねぇ」

「……中将は、相変わらずですね……」

 ティアは疲れたように、でもどこか楽しげに呟いた。

 少し痩せただろうか。項垂れると簡単にまとめ上げた髪型のせいで、綺麗なうなじが見える。

 ティアが身にまとう服は、ミルク色のシンプルな物で、体のラインにそって、広がったスカートが優美に揺れる。襟ぐりに同じ布で作られた大きい花のコサージュ以外は装飾らしい装飾もない。それが返って煌びやかなこの夜会では目立っていた。

「それがナタリアから贈られた服ですか?」

「……なんでそんなこと知ってるんですか」

「重要人物ですから」

「……監視なら堂々とやってくださって結構ですよ?」

「いやだな、ただ動向を探っているだけです」

「それを監視というのだと思っていました」

 気苦労性なのは相変わらずの様だ。なんだか何時も困ったような疲れたような顔をしている。

「いいじゃないですか。よく似合ってますよ」

「女にはその言葉を言っておけばいいと思っていませんか?」

「それに良く頭が回る。どうですか、ティア」

 その表情を少し変えたくて、ジェイドは言った。

「ピオニー殿下の嫁に来ませんか?」

「――――――は!?」

 鎖骨の辺りから赤くなる様は見物だった。

「いやぁ、あの人もいい加減何とかしないと世継ぎの問題が本当に困ってしまいましてねぇ」

ピオニーは気まぐれな所はあるが、執政に関しては信頼できる人物であるが、世継ぎ問題に関しては本当にどうする気なのか見当がつかない。そこまで妹を思っていていただけるのは兄としても誇らしいが、それはそれこれはこれで、いい加減世継ぎを作って欲しい。

 まぁ、いざとなれば養子でもなんでもしてどうにかするだろうとは思うのだが……。

「しかし、あれですねぇ。キムラスカの方も、世継ぎ問題にはもめそうですねぇ」

 そういって、階上で人に囲まれているだろう次期キムラスカ女王の方を眺めやった。次期、のではない。その次の王だ。

 ナタリアにも縁談は山のように寄せられているだろうが、こっちの王族もそれに関しては頑として譲らないと噂に聞いた。

「そういう大佐こそどうなんですか。大佐が結婚すれば、陛下だって少しはあせるかもしれませんよ」

 動揺がようやく収まったティアはまだ少し頬赤らめながら反論に出た。呼称が大佐に戻っていたが、悪い気はしなかったので指摘は止めておいた。

「まったく、我々はどいつもこいつも、行き遅ればっかりになりそうですねぇ」

 貴族院で本格的にこき使われ始めたガルディオス伯爵の女性恐怖症は(自分ではよくなってきているとは言うが)相変わらずだし、アニスは今は出世しか頭にないようだ。

 そして、目の前にいる少女も。この容姿ならば引く手は数多だろうけれど、それになびくとは思えなかった。

 1年前、彼を失ったときに、自分たちの中の何かは確実に凍りつき、体も意思も次の目標に向かって動き出してはいるのだけれど、譲れない場所ができた。どうしても譲れない場所ができた。

「……信託の盾の様子は如何ですか?」

「まだ、揺れていますね。アニスも頑張ってはいるのですが……」

 イオンの意志を受け、アニスは順調に位階を進めている。自らの指名を自覚し、やるべき事をやると決めた人間は強い。障害はあるがきっと彼女は笑ってちょっと陰険にそれを乗り越えるだろうとジェイドは知っていた。それよりも懸念事項は他にある。

「……貴女の身辺はどうですか?」

 尋ねれば、少女は例の大人びた苦笑を浮かべた。

「そんなの、大佐はすべてご存知なのでは?」

 それは事実だった。彼女の身辺には諜報員を送り込み、動向を探っている。多分、それはマルクトのみではあるまい。キムラスカも、ダアト内部からも監視の目は厳しいのだろう。

 彼女があのグランツ謡将の妹だから、というわけではない。彼女の価値は、彼女そのものにある。

 彼女は、かのユリア・ジュエのみが成しえたローレライとの契約の際に歌われた大譜歌を、この世界でただ一人正しく意味を理解し、歌うことができる。

 長きにわたって、このオールドラントを甘く縛り続けた、預言。その預言から世界を解き放った彼女だけが、その大譜歌を歌うことができるとは皮肉なものだ。

 未だ、預言の中毒から逃れられない人間たちからすれば、ティアは唯一の希望だろう。

 再び、ローレライとの契約を。

 ティアが大譜歌を歌えるということは、公言してるわけではないのだが、どこからか情報は漏れていく。そして実際、そういう馬鹿なことを計画して行動に移そうとして縛についた輩もいると、以前アニスが憤慨していたことを思い出した。

「きつくはありませんか?」

 ヴァン・グランツの妹というしがらみ、あれだけ望んだ大譜歌は、今の彼女には危機をもたらすものになりつつある。

「……なんて言えばいいのでしょうね。やはり、皆多少の緊張はあるんですが、それでも仮にも宗教団体が、世界を破滅から救った英雄を処罰するわけにはいかないようです。逆に首謀者たるヴァンの命を涙を飲んで断った悲劇のヒロインとしてもてはやしておかないと、自分たちの責任が問われてしまうので、上層部は私を排除できません」

 だから仕事に支障はないと他人事のように少女は言った。

「変な動きに巻き込まれないでくださいね。貴女を討つような真似はごめんですよ」

「気をつけます」

 小さく苦笑する。昔と変わらぬ、大人びた苦笑。

「もし、どうしようもなく逃げ場が塞がれたらマルクトに来なさい」

「……大佐?」

「貴女は有能な情報部員です。マルクトに来たら、ガイと同じくこき使って差し上げますよ」

 少し冗談めかして言うと、少女はきょとんと目を見開いた後、楽しげに噴出した。

「やっぱりこき使ってるんですね、ガイのこと」

「いえいえ、楽しそうに仕事していますよ、彼も」

 嘯くと、ますます楽しげに細い肩を震わせた。つややかな髪が合わせて揺れる。

 その様が、子供っぽくてつい聞いた。

「……ティアは、幾つになったんでしたっけ?」

「え? もうすぐ18になるますけど……」

 まだ年齢を口にするのを躊躇う年ではないティアは、さらりと事実を口にした。

「……16、だったんでしたね」

「…………」

 何時の事かを言う必要もない。





 16だったのか。

 続ければいずれ死ぬと分っていながら黙々と大地降下を続け、オールドラントを救ったあの少女は。

 ただ一人、血を分けた兄を二度殺したあの少女は。

 揺れながら苦しみながら、結局最後まで涙を見せなかった、あの少女は。





 あぁ、謝らなければいけないことがあまりにたくさんある。

 いやだと、死にたくないと、言わなかった事をいいことに、その意志の強さに付け込んで世界のために死ぬことを黙って強要した。

 子供だらけのパーティーだったと今更に思う。

 自分を除いてしまえば一番年上ですら21という青二才だったのに、利用価値の高い人間ばっかりだから、使えるだけ使って、落とされた涙の数々を見ない振りして戦い続けた。

 今思えばあれだけ過酷で長い時間をあんな子ども達と過ごせたことは奇跡に思える。確かに煩わしかったり面倒くさいことも多かったが、それもそんなに悪くもなかった。

 悪くなかった。

「……ティア」

「はい?」

 眼鏡の蔓を押し上げながら言う。それは、少女の姿を視界から追いやるのに都合の良い姿勢だった。

「私を、恨んでいますか?」

「え……?」

 少女の声はどこかあどけなく、それが胸を苛む。

「私は、きっと貴女から、与えられるはずだった幸せをたくさん奪ってしまいました」

 暫し、沈黙が落ちた。

 恨んでいると言われたら自分はどう答えるのだろう。それには少し興味があった。

 そもそも、自分は許されたいのか。それすら確信がない。

 その沈黙は、小さな笑い声で破られた。

「……ティア?」

 眼鏡から手を離して少女を再び見る。少女は口元に手を添えて肩を振るわせていた。

「どうしたんですか、大佐。らしくもない弱気ですね」

「弱気、ですか……」

 少女は悪戯めいた笑みを浮かべて、ジェイドの顔を覗き込んだ。

「そりゃ、大変なこともたくさんありましたけど、いいことだってたくさんありましたよ」

 少女が踊るような足取りで、二歩下がる。合わせて、髪がふわりと揺れた。





「だって、何の下心も裏もなく大佐に助けてもらえる女なんて、世界で5本の指ぐらいしかいないじゃないですか?」





「……失礼ですねぇ。あぁ、ちょっと何かつまむ物でも取って来ましょうか。ここで待っていてください」

 凍り付いた笑顔を見られないために、踵を返し、眼鏡の蔓を押し上げた。



 あぁ、ルーク。

 あぁ、ルーク。

「……本当に、貴方はなんて間の悪い」

 あんな笑顔を他の男に見させている場合じゃないでしょう。

 笑っているのに、胸が痛む。

 凛として、でも何時か手折れてしまいそうな、その笑みを。

「他の男に、取られても知りませんよ」





 だから、だからどうか。



「早く帰ってきなさい、ルーク」





 どうか、早く。

 


ラスダン後ED前。あそこらへんの時間軸がちょっと不明なのでちょっとあやふやでですが。公式に発表されてる年齢って多分話が始まった時点のことでしょうし、途中で誕生日迎えてるキャラとかもいるだろうし、そこらへんどうなんだろう。

ということであんまり深く考えないでいただけると非常に有り難し。ティア可愛い。超可愛い。ということが書きたかっただけです。