「あの平和な時間を返してよ……!!」







 リシェルが癇癪を起こした。刺激が欲しいと放言していたあの彼女が、そんな癇癪を起こした。

 無理もない、とフェアは思う。

 元々竜の子を拾おうと言い出したのは彼女だ。何があっても軍に保護は求めないと決めたのも自分たちだ。だから責任の一端は確実に彼女が担っている。

 だからといって、だから自業自得だと詰るには、あまりに現実が厳しすぎた。

 最初から嫌な予感はちょっとしてた。(だって変な軍人に最初から狙われていたのだ、あの子は)

 だからって、まさかそこからポムニットの素性があんなんで、しかもどこかに去ってしまうなんて、あまりに予想外だ。

 命を失うかもしれないという恐怖。死ぬかもしれないんだという恐怖。

 それは、日常を少しずつ、でも確かに今までの優しく甘かった世界を浸食していった。

 それが分かっているから、御使いたちも何も言わず、ただ彼女の八つ当たりを甘んじて受けてくれたのだろう。

 正直、リシェルの行動に救われたのも本当だ。彼女が爆発してくれなかったら、先に潰れていたのは自分かもしれない。何事にもストレートな幼なじみの言動に、今もまた助けられてしまった。

 あぁ、自分の格好悪い姿さらさなくてすんだななんて、なんて浅ましい。

 やっぱり、自分も疲れてるんだろうななんて思って、食堂の椅子に座って額を抑えた。

「……ポムニットさんの馬鹿……」

 なんでこんな事になってしまったんだろう。

 リュームを護ると決めたことを後悔していない。だからこそ、胸が苦しくなる。

 なんで、こんな事になってしまったんだろう。



「……ご主人?」

 突然かけられた声に、面白いほどびくっとしてしまった。シンゲンの声だと気づいて、いつの間にか熱くなっていた目尻を気づかれないようにごしごしと擦った。

「……少し、お疲れですか?」

 彼の労るような声は苦手だ。優しすぎて、むずがゆくなって逃げ出したくなる。

「あはは。まぁ、ちょっとね」

「リシェル殿を迎えに行かなくてもいいんですか?」

「ん〜、もうちょっとほっとく。今きっと自分で頭冷やしてるとこだと思うし。そう言うときに余計なこというと、もっとかっかしちゃうの、あの子」

「なるほどね。よくわかっていらっしゃる」

「長い付き合いだからね」

 苦笑する。あの子のいいところも悪いところも全部知っている。

「だから、今回の爆発もしょうがないかなって」

「今までよく耐えたと思いますよね」

「だよね。御使いのみんなもそれよく分かってくれてたし……」

 これで仲間内でまで雰囲気が悪くなったら、救いがない。

 それぞれ担う物があった。知らなかっただけで、あの人にもあった。それだけのことなんだと思わないと、正直やってられない。

 そして、ふと思いつく。

「ごめんね、シンゲン」

「はい?」

 急に謝られて、本当にびっくりしたようにシンゲンは返事をした。

「なんですか、急に」

「なんかすっかり巻き込んじゃったよね、こんな危険なことに……」

 ふと、この男が今回の事件に対する責任を何ら背負っていないことに気がついた。

「いやぁ、ですがここにいれば、ご主人の炊いた米を食べることが出来ますからねぇ」

「そんなのただの建前じゃない」

 彼は上手にその建前を言い訳に本心を隠すけれど、それと命が同じ価値を持つなんて誰も信じていない。ただ、それ以上内面に入りこもうとすることを拒絶するための言葉に、今は乗ってあげないことにした。

「本当にまずいなって思ったら、シンゲンは手を引いてくれて構わないんだからね?」

「…………」

 無言でこちらを見つめる男に、逃げられないように真剣に話しかける。

「変に人に遠慮とかしないで、自治区への旅を続けなきゃ駄目なんだよ」

 暫し緊迫した空気が落ちた後、シンゲンはいつもの芝居がかった大げさな動作で溜息をついた。

「はぁ。自分はそんなに信用がないですかねぇ……」

「信頼してるから言ってるの。だってシンゲン、義理堅いから最後までお人好しに付き合っちゃいそうなんだもん」

「そりゃ、そのつもりですけどね」

「だから、無理しないでって言ってるの。そんな義理本当は全然無いんだからね」

「いや、うん。だからですね……」

 本気でシンゲンを困らせるという偉業をなした少女は、そんな自分に気づかず、いかに彼が今回の戦いに無関係かを必死で説明しちづける。

「だからね、シンゲン」

「あのですね、ご主人」

 耐えかねて、というより面倒くさくなった気配を漂わせてシンゲンはフェアの手に自分のそれを重ねた。冷たく固いそれに、小さくびくっとした。



「いいですか、よく聞いてくださいよ」





 どんな説得がなされたのか。フェアが顔を赤くして食堂を飛び出したのは、その15分後のことである。




冒頭の台詞はうろ覚えですが、結構好きなシーンです。リシェルは可愛い。
何の義理もないのはアルバも同じですが、なんか、ほら、アルバはいい子だし。大丈夫だよね、みたいな。あまり信頼できるけど信用できないシンゲンさんが好きです。