おまえに、俺の気持ちはわからない。



 なんだよ、順平。また予習してこなかったのかよ。ったく、ホントにしょうがねぇなぁ。

 よく言われて来た言葉だった。

 ホントにしょうがない。

 これが俺という人間をわかりやすく説明した象徴的な言葉だ。しょうがない奴。いや、確かにホントにしょうがない。

 努力するのは苦手だ。地道ななんて言葉付けられると本当に無理だ。

 運動神経はそこそこよかったが、長く部活が続かない。最初はいい線いくかもとか思うのだが才能はないらしい。結局回りに抜かされて、たださえへこんでる時に、練習を真剣にやらないからだなんてからかい半分に言われて、自分も、そーっすよねなんてへらへら答えてて、何笑ってんだって感でだ。

 そんな態度は真面目な教師には許せないらしく、説教をくらい、あーそうですか、じゃあもういいですよと、切れる度胸もないので、笑ってごまかしつつ、退部を決める。あとは気ままな帰宅部だ。

 転校しようとどうしようと、結局いつもそんな感じだった。そういうのが性に合ってる。へらへら笑って、適当に誤魔化してそうやって生きていくのがお似合いだと思っていた。





 だけど、そんな人生はある日、一転する。

 俺は、力を手に入れた。





「ったく、伊織、また授業中寝てただろ」

 欠伸混じりに背伸びをすると、後ろの席の男に呆れた声でそう言われた。

「もう2年だって自覚はあるのか?」

「なんだよ、やなこと言うなよな」

 成績優秀な真面目君にどこか馬鹿にしたような顔で言われても、もう腹は立たない。

「期末考査だってもうすぐだぜ?」

「うげぇ、そうだっけ?」

 笑って受けるけれど、もう以前の笑いじゃない。俺が手に入れた特別は、そんなものじゃない。

 あの日以来、時折制服の内側に召喚具を忍ばせて持ってくることがあった。華美な装飾の拳銃。空弾のそれが、俺に力をくれた。

「せっかく桐条先輩と同じ寮に住んでるんだから、少しは見習おうと思わないのか?」

「お前なぁ。俺と桐条先輩を一緒にするなよな」

 知らないだろう、今の俺に力があることを。

 お前の知らないところで悪を退治しているヒーローとしゃべっていることを。

 今、懐から空の拳銃を取り出してこめかみにそれを当てれば、全てを変えられる。

「や、悪い。そりゃそうだよな」

「お前なぁ。あの人はいわばあれよ。神よ?」

 優位に立ってるつもりだろう。

「そこまで言うか? はは」

「ははは」

 絶対に反撃できない相手を見つけていたぶり、自分の方がすごいと安心しているのだろう。

「まぁ、伊織だもんな」

「まぁな」

 誰かを見下すことで、自分のプライドを護っているのだろう。

 だけど。





「ほんと、しょうがない奴だよな」

 俺の機嫌を損ねれば、お前の人生どうとでもできるんだぜ?





 言い訳でなく、本当に撃つ気はなかった。

 ただ、心の平穏を手に入れるために懐に手を差し入れただけだ。触るだけだ。

 だが。

「――――」

「……っ……!!」

 慌ててその手を引き戻す。

 

 その男の向こう側で高里がこっちを見ていた。





 高里が転入してきたのは、今年の四月。丁度自分の力が覚醒したのもその頃だった。

 自分も転入生だったから、なにがわからなくて不安なのかってのがよくわかったし、だから親切にしてやろうと純粋な好意で近寄った。それは高里だって嬉しかったはずだ。

 高里はいい奴だがちょっとテンポがずれてて、飄々としつつ時々大きなぼけをかます奴だった。たまに何かとんでもないことをしでかすから、面倒見てやらなきゃなんて思ってて、しょっちゅう声かけてやって。

――伊織順平だな? お前に話がある。

 真田先輩に声をかけられたときは、嬉しかった。ボクシング部の主将で女の子にももてもての超有名人だ。その人が、俺の力を見抜いて仲間になれと声をかけてくれた。

 誇りで胸がいっぱいになる。一緒の寮に入ってくれと言われ、一も二もなく頷いて

――ここに仲間がいる。

 そこには、すでに高里がいた。

 微かに驚いて目を見開いた友人。悪意はないだろうが、お前みたいな男がと言われた気がした。

 俺と同じ覚醒したばかりの筈なのに、桐条先輩と真田先輩に認められリーダー役に選ばれたのは高里だった。高里はペルソナを付け替えることができるとかで、俺が風にすっころばされてる間、自由自在にペルソナを付け替えて弱点を突く魔法を仕掛けて、敵の体勢を崩す。

「一気にかかれ……!」

 俺が腰を抜かしている間に皆が一斉にシャドウに襲いかかる。

 俺は、ただ見ているだけだった。







 心臓が一気に逆流したような錯覚を受けて、俺は教室から飛び出した。あの塔に登りはじめて、体力が多少は取り戻されつつある身体で必死に走る。

 見られた。よりによってあいつに見られた。

 ばれただろうか、懐のしたに本当にある召喚具を。角度的に見えはしなかったはずだ。必死に言い聞かせるけれど、あの瞳の前には嘘をついても無駄なように思えた。

 高里はあの言葉を一度も言ったことがない。

――「ほんと、しょうがない奴だよな」

 笑うけれど、笑ってしまうけれど心臓をちくちくと傷つけていく言葉を、あいつはどれだけ馬鹿なことをしても言わなかった。

 だからこそ怖い。



 まったく、順平は。

 ゆかりのように呆れてくれればよかった。

 お前、ふざけすぎるなよ?

 桐条先輩や真田先輩のように、不真面目な自分を怒ってくれればよかった。





 そんな目で、俺を見るな。







 寮の扉を乱暴に開けて、ベッドに顔を埋める。

「……あぁ、そうさ。お前こそ、本当のヒーローだろうさ」

 部活に入れば即レギュラー。

 愛想がいいわけでもないのに、色々な人から慕われる。よくわからない知り合いが増え、その全てから好感を持たれている。今じゃ、俺より顔が広い。

 勉強をさせれば学年トップをとり、かといってそれを吹聴することもない。

 文武両道、夜にはヒーロー。完璧だ。すげぇよ、すげぇな。そして、それに驕ることもない心までお持ちだ。ほんとに完璧だよ。

「……チクショウ」

 頬を、熱い物が流れていく。

「チクショウ……!」

 惨めで。







「お前にゃ、ぜってぇ俺の気持ちなんかわからねぇよ」





 この持たざる者から、どれだけの矜持を奪えば気が済むというのか。

「……チクショウ……」



 

 きっと、高里はあの愚行を誰にもばらしたりしないだろう。

 それがまた惨めで、ただ唇をかみ続けた。


順平の軽薄さと、ゆかりの冷めっぷりのリアルさにびびった。他の人たちはちゃんとファンタジジーな性格してるのに、こいつら二人だけ世界観が違う。と思いました。
 正直、順平は苦手だったんですけど、こう、あの主人公と一緒にいると確かに辛いだろうなぁ。と思ったら好きになれる気がしてきました。