高里最。

 4月に現れたニューカマー。頭脳明晰、運動神経も抜群。常に冷静沈着、自らのペルソナを付け替えてあらゆる場面に臨機応変に対応する恐るべき人物。

 だと思っていたが、なんだかちょっと最近そうでもないんじゃという気がしてきた。

 基本面倒くさがり屋で、冷静なのではなくただぼうっとしている。あれだけ多彩なペルソナを持ちながら、タルタロス攻略法は基本ごり押し。長引くと疲れるからアナライズはこまめに、全員ダウンさせてからたこ殴りが基本方針。そっちの意図と外れた攻撃をするとものすごい冷たい視線で睨み付けられる。

 そして。

――「あぁ、でも桐条先輩たこ焼き屋に連れて行ったら、すごい喜んでましたよ?」

「いっやぁ、やりますねぇ、高里さん」

 ロビーのソファー座りながら、天田は成長期前の伸びきっていない足を組んで唸っていた。その言葉に順平もこくこくと頷く。

「あの人をたこ焼き屋に連れてくんだもんなぁ。恐れ多くて俺にゃ出来ねぇ」

「ワイルドダックもでしたよ。掃き溜めに鶴にも程があるって言うか……」

「そういや、美鶴さんだもんな! 上手いな、天田っ……!!」

「上手くない」

 けらけらと笑う二人を横目で見ながら、真田明彦はぶすっとふて腐れていた。女の子組は2階のロビーにたむろしているらしく、時折華やかな笑い声が聞こえてきた。その中に美鶴もいるのだから、随分打ち解けたものだ。

「何で機嫌悪いんすか、真田さん」

「ちょっと順平さん、悪いですよ、そんなこと聞いちゃ」

 全然悪くなさそうに天田は、それはもう楽しそうな顔して順平をたしなめた。

 話題の主人公たる高里は、なんだか最近どこかの坊さんと仲がよくなっくクラブに通い詰めている。意味が分からない。坊さんというのは何かの隠語かと聞いたが、いや、近所の寺の人だと言われた。本当にわからない。

「…………」

 これ以上何か言うと、絶対に天田のからかいの餌食になる。経験上本当にやっかいなのは順平よりこっちの小学生だと言うことは分かっていたので、ただ口をつぐんだ。

「ま、そう言うことが出来ちゃうのもリーダーの凄い所なんでしょうね。偏見をもって壁を作らないから、するっと心を開かせちゃうところありますよね、あの人」

 これ以上真田をいじれないと察した天田は少しつまらなそうに頭の後ろで腕を組んで足をぶらぶら揺らしながら言った。

「美鶴先輩を、可愛いって言ったもんな。どんな器のでかさだよ」

「……別に、美鶴だって普通の……」

 女の子だ、と言おうとして、どうしても拭いきれない違和感を感じて口をつぐんだ。

 普通であるわけない。あれだけ圧倒的な存在感を放っておきながら、あれだけのカリスマ性を持ちながら。

「なんスか? 真田さん」

「……いや、なんでもない」

 何がと言われると困るけれど、なんだか面白くなくて、楽しげな笑い声の聞こえてくる階上を見上げて小さく息を吐いた。





 影時間のことなど誰の話題にも上ることもなく、当然のように学校の授業が終わった。適当に荷物を纏めて部室に直行し、何時も通りのトレーニングを終える頃には辺りは暗くなっていた。汗だくになったTシャツを適当にバッグに放り込んで帰路につくのもいつものことだった。だが。

「……美鶴?」

「ん? あぁ、明彦か」

 下駄箱で靴に履き替えようとしたとき、見慣れた後ろ姿を見つけて思わず声をかけた。

「今帰りか?」

「あぁ。さっき生徒会の定例会議が終わってな」

「大変だな、生徒会長も。フェンシング部の方は大丈夫なのか?」

「部員には不義理を働いているよ。用がないときには出来るだけ行くようにしているのだが……。明彦からすれば酷い部員だろうな」

「…………」

 苦笑いをこぼす少女の横顔を見つめる。綺麗になった。元々整った顔つきをしていたが、この頃香り立つような色香を感じさせる時がある。それは人知れぬ場所で、それでも人を護ろうと決めた覚悟がもたらしたものなのだろう。

 誰もが羨む容姿と能力。その為に失ってきたごくごく平凡な幸せ。

 プライドの高い少女は、それに対する羨望を見せることすら出来なくて。

――「案外可愛いですよね。桐条先輩」

「……なぁ、美鶴」

「ん?」

「腹減らないか?」

「え?」

 きょとんと目を見開いた少女の顔。

 中学で出会って、友達になって、そう友達になったのになんだか血なまぐさいあれこれしてばっかりで、もっとやっておかなきゃ行けない通過儀礼を全てすっ飛ばしてしまった気がする。

「何か食いに行かないか? ラーメンでもハンバーガーでも」

「……明彦……?」

 やはりその辺りは友達として当然行っておくべきだった。ぽっと出の転入生じゃなくて、友達の自分が。

「たこ焼きでもいいぞ。わかつで定食食ってもいいな」

「……明彦」

「ん?」

 少し浮かれた口調でラインナップをあげていく真田に、美鶴は微かに頬を赤らめて気まずそうに聞いてきた。

「……お前、もしかして高里に何か聞いたか?」

「……いや、別に?」

 そこを認めてしまうのは無性に悔しいから、真田は肩をすくめて嘘をつき、履きかけだった靴のつま先を地面に叩きつけて踵をその中に納めた。

「……もっと早く行っておけばよかったな」

「え?」

「シンジも連れて一緒に、もっと色々な場所に行っておけばよかった」

「……荒垣がいるなら、あいつの料理の方が私は嬉しい」

「それもそうだな」

 親友の料理の腕前を思い出し、ふと笑った。

 笑えるようになった。

 それも悔しいけれど、あの得体の知れない転校生に因るところがないとは言い切れない。本当に、得体の知れない。

「…………なぁ、美鶴」

 その少年の、朗らかなんだか裏があるんだかよく判じきれない笑顔を思い出して、思わず口にした。

「とりあえず庶民の味を知りたいなら、俺に相談しておけ?」

 

 高里は、なんかあれだから、あんまりのこのこついて行くな?



 その言葉の意味を分かりかねた美鶴はよりによって本人にその意味を尋ね、真田が背筋の凍る思いをする羽目になるのはそれから3時間後のことであった。