終わりは、終わりじゃなかった。

 世界を平和へと導く勇者は、世界に滅亡を確約した悪役だった。

 そして、彼女は父を喪った。



fair




 桐条グループ総帥の突然の死は、少なからず学園にも影響を及ぼした。学園の誉れたる生徒会長の実父のそれだからだ。校舎のあちこちで密やかに痛ましげに、時折愉しげにその死と、桐条美鶴の今後について噂された。

 その噂の中心たる美鶴と言えば、葬儀やらグループの今後についてやらの会議に追われて、学園に顔を出すどころじゃなかった。

 一週間を経て帰ってきた美鶴は、少し痩せて笑っていたけれど溜まった疲労がありありと見て取れた。

「ただいま」

 そういって笑った。心配させまいと笑った。その顔が、余計にみんなを不安にさせた。





 その夜半、真田の部屋の扉がノックされた。誰かと聞けば、私だ、とその少女が答える。

 扉を開ければ、そこには少し線が細くなった戦友が缶コーヒーを二本持っていたっていた。

「今少しいいか?」

「あぁ、構わないが……」

「入っても?」

「あぁ」

 招き入れて扉を閉める。美鶴は持っていたコーヒーを一本真田に放り投げてよこした。机の椅子を美鶴に進呈して、真田はベッドの上に座る。

「長い間留守にして悪かったな。……一番大変なときに……」

「…………」

 幾月の造反。全てを終わらせるために倒した12体のシャドウがもたらすという何か。

 自分たちは、何もわからぬまま何かを始めてしまい、その何かに未だたどり着けていない。

 頼れる大人は居ない。誰も、いない。

 自分たちだけで、してしまった何かに決着をつけねばならないのに、何をすればいいのかわからない。

 振り上げた拳の、落とす先が見つからない。

「みんなの様子はどうだった?」

「……ま、元気いっぱいというわけにはいかないさ」

 何か拙いことをやらかしたということはわかっても、何かが起きるわけでもない。このもやもや感をどうしてくれよう。

「……お前は?」

「え?」

「お前はどうなんだ。人のことを気にしている場合じゃないだろう」

「怒るなよ」

 美鶴は苦笑した。

「……まぁ、まだ全ての問題が片付いたとは言えないがな。これぐらいでどうにかなる桐条グループでもない。どうにかなるさ」

「……」

 自分の父の死を、これぐらいと言い捨てた。そんな強がりを言わなければ、きっと立っていることも出来ないのだろう。

「あぁ、しかし」

 美鶴は手の平の缶コーヒーの縁を見ながら、ふと思いついたように言った。

「なんだか、ここ一週間で急に冷え込むようになったな?」

 楽しくもないくせに、口の中で小さく笑う。

「上掛けをもう一枚取り寄せないと、夜も眠れないな、これじゃ」

「……美鶴……?」

 言葉の最中で、不意に声がひび割れた。

「……寒くて……」

「…………」

 ぎゅっと、強く缶を握りしめる。

「寒いんだ。……温かいものを飲んでも何を着ても、寒くて……」

「美鶴……」

「どうしようか、明彦。寒くて眠れないよ」

 笑っていた。その表情しか知らないのだろう。辛いときこそ苦しいときこそ笑えと、相手につけいる隙を与えるなと、そうやって育ってきた少女は、だから笑う。泣き出しそうな目をして、自分の心に生まれた隙間に気づくことも出来ずに持てあましている。

「この馬鹿」

 真田は、ゆっくり立ち上がって後ろから椅子ごと抱きしめた。腕の仲に収まる、小さな体。こんな小さな体で戦い続けている。

「……明彦……」

 抱きしめた身体が震えている。その身体は温かくて、でもその温もりを本人は感じることが出来ない。額に手を回し、頭を抱き寄せる。

「……この、馬鹿……」

 このまま少し卑怯になって唇を求めればきっと彼女は許すだろう。美鶴もすこしずるをしてそれを受け入れれば、きっと安易な温もりを得られるだろう。

 でも、それをしてしまったら、今まで共に築き上げてきたものを壊し、二度と取り戻せない気がした。

 だから、真田は何もせず、小さく嗚咽を漏らす少女を抱きしめ続けた。