満月の夜がキーだとわかったとき、一番喜んだのは自分だと真田は思う。日がわかれば、それに合わせてトレーニングのスケジュールが組める。おかげで、最近は大型シャドウの時のコンディションは常に最高。申しぶんない。

 最近は戦闘時のリーダーを高里に押しつけられたから、自分のコンディションに裂く余裕がある。自分の肉体が、力に満ちていくのを感じた。

 もうすぐ次の満月が来る。真田は、浮かれて寝付けず、作戦室に向かっていた。そこに何があるというわけではないが、部屋で横になるより、少しでもあいつらに復讐できる気になれる。

 この不自然な寮の、もっとも不自然な部屋の扉は細く開き、そこから光が漏れていた。

「美鶴か?」

 訝しく思いながら扉を開ける。誰もいない。

「……消し忘れか?」

 そのような迂闊な真似をするのは、この寮では順平ぐらいなものだが、彼が呼ばれても居ないのにこの部屋に来るとも思えない。どうも腑に落ちないまま、モニターに近づこうとして、ぎょっとした。

「美鶴?」

 ドアからは背もたれしか見えないソファの、死角に入るように桐条美鶴が寝転げていた。

「おい、風邪ひくぞ」

 呼びかけるが、反応はなかった。彼女らしからぬ無防備さで、すぅすぅと寝息を立てている。

「……疲れてるな」

 浮かれていた自分を少し反省する。身が軽くなった自分に対し、彼女は増えたメンバーへのフォローが多くなり、謎の追究のために割く時間も増えた。生徒会も忙しい時期にある。もう少し、気をかけてやるべきだった。

 疲れている少女を起こすのが忍びなく、かといってこのまま立ち去りがたく、ソファの背もたれに腰を預けて少し背をひねって、眠る少女を見下ろした。

「…………」

 知ってはいたが、綺麗な顔をしている。陶磁の様な肌や、花のような彩りの唇、長い睫。正直見慣れてしまって今更動揺はしないが、時折無意識に他の少女を美鶴と比べてしまう時がある。その時抱く感情は、たいがい失礼なものばかりだから、口には出さず封印しておくが、その度にここに眠る少女の特異性を感じたりもする。

 美鶴の真価は、その美貌にはない。明晰な頭脳、怜悧な判断力、類い希なる運動神経、逆らいがたいカリスマ性。およそ弱点が見あたらない。学園の生徒の大いなる羨望と消しきれない嫉妬を浴びながら、それにすら驕らない心。

 改めて考えると、すごい女と仲間になったものだ。

「……それでも」

 指をのばして、髪を一房絡みとる。女の髪なんて今は亡き妹と美鶴ぐらいしか触ったことが無くて、比較する対象など無いけれど、それでもこの艶やかさは貴重なものなのだろう。こんな末端にまで羨望を抱かれているのだろうに。それでも。



「それでも、お前は幸せにはなれないんだな」



 自信に満ちた足取りで歩いていても、威厳ある態度で指示を出していても、彼女が幸せそうに見えたことがない。

 才能に驕らぬ少女は努力家だ。天から与えられたものを、全て自力で磨き上げて、今の場所に立っている。

 それでも駄目なら、次は何の努力すれば幸せになれるのだろうか。

 こんなに綺麗なのに、こんなに有能なのに。

 これだけ他の人に羨望されるもので満たされていても駄目なら、どうすればいいのだろうか。

 どれだけ力にあふれていても、本当に欲しいものにだけ手を伸ばす勇気のない少女は、どうすれば。



「……困ったな」





 抱き上げたら起こしてしまうだろう。

 眠らせてやりたいからそれは止め、風邪をひかぬように上着を掛けてやり、自分から目が覚めるのを真田は、ただ待っていた。



手を出さない真田がいい。手を出せない真田がいい。