「自分が平凡な人間だと気付くんだよな」

 同窓会で久しぶりに会った友人が言った。

 どこかの工場で車の部品を作っているそうだ。

「生徒会に選ばれることも、テストの順位表にも、表彰台に昇ることもなくなってさ」

 自分が特別だと、世界の中心だと無邪気に感じていた子どもだった自分。

 いかに回りに守られていたかを思い知る。

 自らの足で立ってしまえば、世界には人が沢山いた。



「お前は、いいよな」



 言った時の男の目、忘れる術を探している。

 





今日も、夜中に、あの場所で

 

 




「……何やってるんだ、こいつは」

 一息つきにロビーに出たら見慣れた少女がソファに埋もれて眠っていた。制服姿のままで会社のロビーにいる姿はかなり浮いている。

「おい、藤光」

 瞳を閉じている藤光常磐に声をかけるが、少女は心地よさそうな寝息を立てていて、全く起きる気配がない。

「……ったく、気持ちよさそうに寝やがって」

 本庄は腹立たしげにぼそっと呟いた。こちらはまだまだ仕事に終わりが見えず今日もかなり遅くまで残業することが確定している。本当は早く帰って酒でも傾けながらビデオでも見たいところなのに。

 と、そこまで思ってふと気付く。

「……早い、な」

 腕時計を見てみると、普段彼女がバイトに来る時間よりはやい。

「それでちょっと一休み、か」

 本庄は少女の隣に腰を下ろし、慣れた手つきで煙草に火をつけた。ゆっくり吸い込むと、肺の中に体を害す物が広がっていく。

「……しまらない寝顔」

 横目で少女の寝顔を見ながら呟いた。

 伏せられた瞼を手の入れられてない睫が縁取っている。薄く開かれた唇からは気持ちよさそうな寝息がこぼれている。決して寝心地がよいとは言いがたいであろうこのソファで深く眠り込んでいるのが少女の疲れを表しているようだった。



――お前は、いいよな



 脳裏にふと、同級生の声が思い浮かばれる。自分は彼の気持ち、多分失望と名づけられるようなその物をわかっていないんだと思う。

 冷たく無機質なこのビルは世に聞こえた会社の物であるし、同期の中でも出世株と噂され、それに見合うだけの実力はあるだろうと客観的に見てそう思う。

 俳優だの野球選手だのといった夢のある職業ではないが、どちらかといえば成功者と見られる位置にあるだろう。だからこそ、あんな言葉を言われたのだろう。

 だけど、確かにそう言われた時腹がたった。きっと何の努力もせずにこの地位を手に入れたと思われているのだろう。

 それは事実無根な想像で買いかぶりもよいところなのだけど、なぜか否定できず曖昧に笑う自分がいた。

 否定できなかった。

 努力してきた分だけ報われてきた。それがどんなに幸運なことか流石にこの年になればわかる。

 もっと頑張れ。

 その言葉がいかに残酷であるかも。

 自分が努力だと感じてきたことすら、他の人にとっては努力なんていえないような些細な労力だったのかもしれない。そんなの比較できないから何も言えなくなった。

 あの男の言葉に感じた卑屈な響きに言葉が封じられる。言えなかった思いが胸の中に今も蹲っている。



「……お前は、いいよな」

 無心で眠る少女に思わず語りかけた。

 弟がいると言ったか。絶対に大学まで入れるのだと息巻いていた。

 ……そうやって生きるのはどんな気分なのだろう。

 金に苦労するというのは本来惨めなものなのだろうが、そんな素振りなんかちっとも見せないでただひた向きに生きている。

「お前は……」

 それはもしかしてとても幸せなことじゃないのだろうか。

 目標があって、その為にくたくたになるまで頑張って、疲れ果てて眠れるのは本当はとても幸せなんじゃないだろうか。

 ささやかな寝息がやけに響く。

 微かに上下する胸元、動かない指先。



「……いいわけ、ないよな」

 本庄は思考を断ち切るように乱暴に煙草を灰皿に押し付けて言った。

 いいわけなどない。

 勝手に人の幸不幸を決められることにうんざりしたばかりなのに同じことをしようとした自分の愚考に嫌気が差す。

「やめやめ」

 1つ伸びをしてからソファから立ち上がる。多分そろそろ少女もバイトの始まる時間になるのだろうが、面倒くさいので起こさないで部屋へと向かう。

 気を引き締めるようにネクタイを締めなおす。

 大きなプレゼンを間近に迎えている。仕事はいくらでもある。再び男は戦場へ戻った。

 閉めた扉の向こうで寝すぎたと慌てる少女の声が聞こえてきて、少し笑った。

 あとでからかってやろう。

 そう思いながらキーボードに手を伸ばした。

 


常磐と本庄の話の続き。続いてるのかよくわかりませんが★ 久々に現代っぽいのを書いたなと思いました。