これ とか これ の続編。っぽいものです。




 願うこと。

 願われたこと。



東を指す針 
  〜自分の知らぬ、祈り〜



「……話が違いますね? イステ殿。この件については我がグエン商会が舵を握り、事を進めていくと、頭連の承認も得たはずですが?」

 ルベはゆっくりと一言一言確かめるように言いながら、向かいに座るニャック商会の頭領の顔を睨め付けた。自分の3倍は生きている男は、あからさまに侮りの表情を浮かべてこちらを見返している。

「隣国で開発された金鉱、その発掘量は我が国の経済バランスを崩しかねない量だということは、以前お話したと思うのですが」

 ルベは、腹立たしいほど高級な皮が張られた椅子に深く背をもたらせ、ゆっくりと足を組み、肘置きに肘を預け胸の前で指を組む。イステの顔が微かに歪んだのがわかった。

「だからこそ、我らニズの商人たちは経済に混乱を来さぬよう、輸入量に制限をかけた。なのに、何故ニャック商会のみが、安値で大量に金を買い付けているのでしょうか?」

 この仕草は、今は亡きルベの祖父にしてグエン商会の元会長がよくしていた物だ。一代でニズの中でも有数の商会を築き上げた祖父の影響力は、未だ根強く残っている。浅ましく、その名声を利用する不肖の孫娘は、それを不甲斐なく思いつつも、冷たい視線を逸らそうとしなかった。

「そうは言いますがな、ルベ殿」

 イステが薄笑いを浮かべながら言う。

「取引相手は、我がニャック商会が古くより付き合いのある方、そうそう無碍に出来ぬ事は、年若のルベ殿にもおわかりであろう?」

 子どもを諭すかのような口調に、ルベは舌打ちしたい気持ちを抑える。わざわざ年を出すのが厭らしい。

「そもそも」

 こちらの気持ちを知ってか知らずしてか、イステは言葉を続ける。

「ルベ殿が持ってこられた、報告書。それには一体どれほどの信憑性がお有りなので? 正直、あんな資料のみでは従えぬのも無理はあるまい?」

「……やはり、グエン商会の調べに信が置けないとおっしゃるのですね?」

 なじみの深い商人が持ってきた金鉱の噂に、真っ先にルベは調査の手を伸ばした。その功績と、グエン商会の今まで行ってきた実績を買われて、今回の協定の取り仕切りを任されたのだが、それが気にくわなかったのだろう。

「私たちが信用できないというなら、独自に調べられたらいかがでしょうか。無論、もう動いた上でのこととは思いますが」

 事態の重さもわからず、自分が甘い蜜を啜ることしか考えてない俗物が。

 胸の内の中で、罵る。

「まぁ、いいでしょう。今回のことは警告に止めておきたいと思います。……これで終わりにしていただけるのでしたら」

 睨み付けるが、男の表情にはまだ嘲笑が残っている。侮られている。悔しさを冷たい怒りに変えてルベは睨み付けた。

「あの報告書は、国王にも奏上するつもりです」

「なっ」

「今は、ニズの港があの国との交易を担っていますが、思うように進まぬ交易に苛立てば、多少遠くとも他の港に足を伸ばすでしょう。我らだけで抵抗したところで、他の港から大量に入ってきては超過供給で物価が下落していく。自らの首を絞める行為だと何度も説明いたしましたでしょう?」

 ルベは椅子から立ち上がり、腕を組んでイステを見下ろした。

「国で動いてもらわなければ、この危機に立ち向かえません。この報告書が届けられれば、国でも調査を始めることでしょう。その時に、ニズの港の中で、一つの商会だけが金を大量に購入しているとわかれば、一体どう思うことでしょう」

「国王が、小娘の言葉など相手にする物か! 自らの利益を守るための戯れ言と思うに決まっているだろう……!」

「そう思われぬ為に、ニズが一丸となって取り組まなければならなかったのです……!!」

 自らの欲深さを棚に上げた発言に、思わずかっとなって怒鳴り返した。強ばったイステの顔を見て、ルベは無理矢理憤りを納めて、冷静を装って言う。

「今までのことは目を瞑りましょう。ですが、これからもそのような独断で協定を破ることがあれば、グエン商会は制裁を辞しません。それをお忘れなきよう」

「なっ」

 言葉を呑んだ男に小さく礼をして、従者を連れてルベは部屋を出た。

 胸の中の憤りは、しばらく収まりそうになかった。





「……で、なんであの子はあんなに不機嫌なのかしら」

 アンニが、自分で持ちこんだ茶葉で自分の分だけいれたカップを両手で包み込むように持ちながら、部屋のぼろい長椅子に座っている少女を伺う。

「知るか」

「甲斐性無しめ」

 同じく自分で持ち込んだ本を読みながら、ツァオザがしたりと言う。

「っていうか、何でお前ら俺の部屋にいるんだ」

 部屋の持ち主、ラズスは憮然とした顔で、安い濁り酒をお湯で薄めた物を舐めながら、興味津々にルベを観察する二人を睨み付けた。

「珍しわよね、ルベがあんなに怒ってるなんて」

「うむ」

「なんだ、お前たちの中には、俺の質問には答えちゃいけないっていう掟でもあるのか? あ?」

「あ、わかった。あまりに腹が立ってるから、ラズスに八つ当たりに来たのね。ちょっとやそっとじゃ壊れないから!」

「なぁ、頼むからでてってくれ、頼むから」

「うむ。ろくでなしにも出来る仕事があってよかったな」

「まぁ、どうせ聞いてないとは思ったがよ」

「怒るのって肌に悪いのにねぇ。消化が悪くなるし」

「……お前と違って若いから問題ないんだろ」

「やっだぁ、ごっめぇん。手が滑っちゃった」

「うぉあっちぃぃぃいい!!」

 ラズスの膝の上で入れ立てのお茶の入ったカップをひっくり返したアンニは可愛らしく舌を出す。

「テヘ」

「てめぇら、二度と顔を出すなぁ……!!」

 怒鳴って力任せに部屋から放り出す。

「あんのカマ男、本気であついのかけやがって……」

 肩で大きく息をする。なんて奴だ。

 大体あいつら一体どこからいつも入ってくるんだ、いや、確かに扉の鍵が壊れて修繕を呼べていないけれども、だからといって無断で入っていいものか、否、断じて否、そんな筈がない、あれは自分の貧乏のせいでなくあいつらの人としての良識の無さがもたらすものであって、俺が悪いんじゃないのよ。

 一通り頭の中でそんな文句を並べ、それでも誤魔化しきれない圧迫感に、恐る恐るラズスは視線を巡らした。

「……で、あの、ルベさん。一体どうなさいました……?」

 ルベは、椅子の上でくたびれきった薄いクッション(というか、ラズスの枕だ)と膝を一緒に抱えている。

「ルベ……?」

 返事はない。

「おい。何かあったか?」

 溜息をつきながら少女の元に近寄って床に腰を下ろす。

「……ねぇ、ラズスさん」

「ん?」

「いい結婚相手知りません? なるべく歴史があって箔がつく家の」

「…………………………………………あ?」



 頭の中が凍り付く音が聞こえた。







 扉を出る瞬間、小娘がと罵られたのが聞こえた。

「な、何をおっしゃってるんですか?」

「今すぐ、箔をつけたいんです」

「いや、それとこれとは」

「同じ問題でしょ?」

「や、まぁ、確かに」

「髭でもいいわ。生えればいいのに」

「お前、それアンニに言うなよ。普通に切れるぜ?」

「あぁ、もう。あのクソ狸……!!」

 ルベは思い切りクッションを床に叩き付けた。

「……おい、人の枕を……」

「人が若いと思って、調子に乗って……!!」

「普通は、若い奴の方が調子に乗るんだけどな」

「自分が出遅れたからってやっかんでるんじゃないわよ……!!」

「やぁ、まぁ、お前みたいな小娘に先越されたら、そりゃ悔しいだろうけど」

「なんなんですか! さっきから茶々ばっかり入れて……!」

 突然怒りの矛先がラズスに向いた。

 アンニの考えはあながち外れていなかったようだ。

「ラズスさんはあんな狸の味方するんですか……!?」

「いや、お前どこの狸の話しをしてるんだ」

 そりゃ確かにちょっとやそっとじゃ壊れませんがなんて考えながら、とりあえず落ち着けと肩を押さえる。

「ニャックですよ! ニャック商会のイステ」

「あぁ、鬼門だな……」

 よくは知らないが、ちょくちょくルベの口から出る名前だ。大概怒り激情と共に、その名は上げられる。

「あのバカが勝手なことしたせいで、報告書の信頼性が落ちそうなんです! 人が必死でまとめた草案も、駄目になっちゃうかもしれないって言うのに……!」

「わかった、わかったから、ちょっと待て。それは俺のせいじゃない」

「わかってますよ、そんなこと……!!」

 怒鳴って、床に落ちたクッションを拾い上げ、再びふて腐れたように椅子の上で膝を抱えた。

「……あの人は、侮って見てるんだわ。私に、お祖父様ほどの力がないから。私じゃ、お祖父様みたいにできないから」



 わかっている。

 祖父の仕草の真似をしたところで、自分は祖父ではない。

 能力が足りない。人をまとめる力も足りない。

 わかっていても、逃げ場はない。自分でやるしかない。

 身のうちにある矛盾を無くしたい。

 その為の、力を。



「でも、手頃な家柄で、独り身の人ってあんまりいないんですよ」

「……あのなぁ、ルベ」

 呆れたような口調にむっとする。

「だってしょうがないじゃないですか! どんなに願ったって、年も才覚も自由に操れないんだもの! だったら、手っ取り早くいい家柄を取り込んだ方が……!」

「ルベ」

 興奮するルベの神経を、ラズスはその一言だけで冷やしてみせた。

「…………」

 悔しげにクッションに顔を埋める少女の頭にラズスは手を置いた。

「……話したことあったっけか。俺にこの部屋を貸してくれたのは、先代、お前のじいさまだ」

 ルベは小さくうなずく。

「先代は、うさんくさい俺にこの部屋を貸してくれた。仕事もいくつか紹介してくれた。ま、長続きはしなかったけどな」

 照れたようにラズスは笑う。

「だから、お前のじいさまには恩があるんだが……。……あのじいさまは、お前がそんな政略結婚みたいな真似したら喜ぶと思うか?」

「……あの人のことだから、よくやったって言いそうな気がするんですけど」

「お前がただの従業員だったら、言うかもしれないけどな。ルベには絶対そんなこと言わないよ」

 ルベはクッションの中から顎を上げ、ラズスを見上げた。

「自由すぎるきらいのあるじいさまだったけど、ルベって言うただ一人の孫に関しては、そこらのじじいと全く変わらねぇよ」

「……」

 ラズスのくせに、優しい声音で、ルベは不覚にも何も言い返せない。

「お前には、幸せになって欲しいと願ってただろうさ。本当に愛し、愛してくれる人と結ばれて欲しいもんじゃないのか? じいさんって奴は」

「……だって、悔しい」

「どうせ人生なんて悔しいことの連続だよ。そんでも自棄になったら終わりだ」

「だって……!!」

 悔し涙さえ浮かべる少女に、ラズスは優しくほほえみかけた。

「自分の不甲斐なさを責めていられるときは幸福だ。本当の地獄じゃ、自分を責める暇すらない」

 だからお前は幸福だなんて説教する気はないけどさ。ラズスは不器用に笑っていった。

「その悔しさが、いつか糧になる日だって来る。だから、あんまじいさんが悲しみそうなこと言っちゃ駄目だ」

 そう言って、涙を拭う指は、無骨で少し痛かった。



「……ラズスさんに、そんな普通のこと言われるなんて」

「……どういう意味だ、こら」

「言うと怒るくせに」

「怒らせるようなことを言うな」

 照れ隠しに本当に怒ってラズスはルベの頭をぐりぐり拳をこじりつけた。

「そうですよね。私の旦那より、ラズスさんのお嫁さん探しの方が大変ですよね」

「余計なお世話だ」

「とりあえず定期収入を得るところから始めましょうか」







 扉の外では、懲りない二人が、再び進入を試みようとしていた。

 


青年少女読本5の二人です。

本で出したものの続編をウェブでアップするのってどうなのと悩んでいたのですが、まぁ、初出しはウェブだし、最初にリンクされてた二つ見れば別に全然困らないかと思ったのでアップ。

うふ。本当に更新のネタがないんです★