「クリス。リコが口を利いてくれないんだ。なんとかしてくれ」

「お前が悪い」





 自分勝手な人たち





 新生炎の運び手は、何しろ寄せ集めの軍隊だ。

 どんな些末事も書類決済の必要なゼクセン騎士団。強い人が偉い人のグラスランドのシックスクラン。ゼクセン文化、シックスクラン文化も全く知らない本拠地の城主。その制服はどうなんだろうのカマロの自由騎士連合に、無名諸国の荒くれ者。

 それでも一つの軍隊として動くためには命令系統を確立しなければならない。幹部たちは互いの文化の違いに(概ねゼクセン騎士団が)苦労しながらも、(専らサロメが)腐心した結果なんとか運営が軌道に乗り出したころ、だが全くその上申システムを無視する男がいた。

「……お前は、本当に何でもありだなぁ」

 上申のための機関をすっ飛ばして、一番のトップに直接話を持ってくるマクシミリアン騎士団長の顔を、ゼクセン騎士団の同じ役職の乙女はしみじみ眺めた。後ろに控えたパーシヴァルは、ノックもなしに駆け込んできたフレッドに呆気に取られて何もいえない。そこはそれ、一緒に旅をして免疫がついたのだろうなと、クリスは全く自尊心を満たさない優越に浸ってみる。

 しかも依頼の内容は喧嘩の仲裁だ。そりゃマクシミリアン騎士団内部が真っ二つに割れた内紛と言おうとすればいえない事もないが。

「どうして俺が悪いんだ」

「リコが、あのリコがだぞ? あの、なんていうかそこの湖より広い心を持ったようなあの少女が口を利いてくれないなんて、お前が相当酷いことをしたとしか考えられないだろう?」

「それはありえない。正義の騎士が酷いことをするわけないだろうが」

 堂々と、本当に後ろめたいものなど一片もなさそうに胸を張ってフレッドは反論した。だったらリコのあの荷物を少しは持ってやろうと思わないのかとか思ったが言ったところで無駄だろうと思って言わない。

「……本当に心当たりはないのか?」

「ない」

 そこまで自信満々に言えるならいっそ見事だろう。

「…………」

 クリスは大きく息を吐き出してから、机の上の書類を端に寄せて引き出しから一枚の紙切れを取り出した。

「なんだ、これは」

 興味を持ったフレッドがその紙に手を伸ばしたが、クリスがその直前取り上げて見せびらかすようにひらひら振る。

「喧嘩の原因の一端は実は私にもあるから、今回だけは協力してやる。だが、その代わり条件がある」

「なんだ、クリス、リコに何をしたんだ」

「話を聞け」

「うむ。条件を言ってみろ」

「……どうしてお前はそう偉そうかなぁ……」

 少し疲れながらもクリスは言った。

「ナディールから苦情が来ている。芝居に出るときに自分の名前を高らかに言うのは止めてくれ」

「なんだと! 騎士とは誇り高く名乗りを上げるべき者だろう」

「……どうせそういう問題じゃないといったところでお前は納得なんかするわけないよなぁ……」

 どこか遠い目でクリスは呟く。そんな悟りきったようなクリスにパーシヴァルは貴重なものを見たのかもしれないと、感謝するべきなのか恨むべきなのか判断に苦しんで引きつった笑顔を浮かべた。

「まぁいい。これを見てみろ」

 そういって紙切れを机に放った。それを取ったフレッドはそれを読んで眉をひそめる。

「おい、これ……」

「そう。お前の目安箱への投書だ」

「これがどうした」

「リコに見せてみた」

 クリスは頬杖をついて再び書類を広げた。

「……それでどうして口を利いてくれなくなるんだ?」

「わからないか?」

「あぁ」

「わからないからだろうな」

 素気なく言い、紙をペラペラめくる。

「さっぱりわからんぞ」

「直接本人に聞いてみろ」

「口をきいてくれるか?」

「くれるくれる」

「わかった。言ってみる」

 フレッドは紙片を何度も見直しながら来たときと同様勢いよく去って行った。その背を見送るパーシヴァル。

「……彼の扱いがうまくなりましたねぇ、クリス様」

「嫌でも慣れる」

 淡々と言われたのに、なぜだろう、切なくなる。

「それにしても、何が書いてあったんですか?」

「いや、あいつにしてはいいこと書いてたんだがな」

 ちょっと見直しもしたのだが。

 クリスは顔を上げてパーシヴァルのほうを向きながら言った。



「でも、なんか無性に腹がたってな」







「リコ!」

 あてどもなく駆け出したフレッドは、噴水のふちでしょぼんと座り込むリコの姿を見つけたとき思わず叫んでいた。

「フ、フレッド様?」

 顔を上げて一瞬嬉しそうな顔をしたリコは、しかし喧嘩していたことを思い出して慌てて逃げ出した。

「ちょっと待て、リコ!」

 だが、腐っても団長で男なのですぐに追いついて腕をがっとつかんだ。

「は、離して下さいぃ!」

「なんでお前怒ってるんだ!」

「私たちは喧嘩してるんだから口きかないんです!」

「だからどうしてこんな紙っ切れが喧嘩になるんだ!」

 そういってフレッドはクリスから受け取った目安箱の投書を掲げて見せた。リコの反抗が止まる。

「……それ」

「クリスに教えてもらった。これをきいて怒ったんだって? なぜだ!」

「…………」

 リコは唇を強くかんだ。

「リコ!!」

 フレッドが怒鳴る。弾けるようにリコが怒鳴り返す。

「フレッド様があんな馬鹿なこと書くからです!!」





「リコ」

 いつも綺麗なあの人が、涼しげな声で自分を呼ぶ。

「こんなものが届いた。フレッドからだ」

 その瞳は、いつもは優しいのになぜかこわばっていたように見えた。

「あの馬鹿がまた馬鹿を言ってる」

 差し出された紙切れ。その指は白く長く、だけど皮膚の硬い戦士の手。

「お前なら、どうする?」





 ぶしつけな願いだが、もしもおれに何かあったら、リコのことを頼む。





「……なんであれが馬鹿か?」

「だ、だって! なにかあったらってどういう意味ですか!」

「だから俺が死んだらって」

「きゃあ! 言っちゃ駄目です!!」

 言葉にしたら、いつか本当にその日が訪れそうでリコは必死でフレッドの口を塞いだ。

「にゃにをひゅる」

「そういうこと言ったら本当のことになっちゃうって確か誰かが言ってました。だから駄目です」

「ヒホ……」

 リコはその大きな瞳に涙をいっぱいにためて、でも力強く言った。

「フレッド様にもしもはないんです。フレッド様は強いんだからそんなこと起きないんです」

 一言一言、話すたびに大粒の涙が頬に落ちる。

「もし、ちょっとだけ、ちょっとだけですよ? ちょっとだけそんなことあっても私がその時のためにいるんです、私がフレッド様を守るんです。だから……!!」

 顔に押し当てられた指に、何かを堪えるかのように力がこめられた。指が食い込んでちょっと痛い。

「フレッド様は、何時までも元気なんです……!!」



「……」

 フレッドは、ぼろぼろ泣いているリコを見下ろした。

 いつも情けない声を上げてる気がするが、本当に泣いているのを見たのはどれくらいぶりだろう。

 そっと自分にかけられた手を外して、握ったまま少女を見下ろした。

 いつもピーピー自分の後ろをついてきたのに。

――私がフレッド様を守るんです。

 あぁ、もう、そんなことを言うようになったんだ。

 そう思ったくせに、自然に動いた手はリコの頭を子どものように撫でていた。

「……フレッド様……?」

「リコ、お前……」

「フレッド様……」

 おずおずと顔を上げ、上目気味にフレッドを見たリコ。





「鼻水でてるぞ」

「フレッド様のヴァカァ……!!」



 もしフレッドがその言葉を知っていたのならば、叫び去っていくリコの声を聞いて「あ、ドップラー効果」と呟くぐらいの芸当はしてくれたかもしれない。







「……へぇ、あのフレッド殿がそんなことを、ねぇ……」

 フレッドの投書の分を聞いたパーシヴァルは感心したような信じられないような顔をしてそういった。

「でも、珍しいですね」

「ん?」

「クリス様が自分へあてられた手紙を勝手に他の人に見せるなんて」

 省かれた「生真面目な」という形容詞が聞こえたかのようにクリスは少し気まずそうな顔をしながら答えた。

「余計なお世話だとはわかっているのだが、どうも腹がたってな」

「なぜですか? 美しい……、あ〜、師弟愛? じゃないですか」

 二人の間にある絆を上手く名づけられなくて、自分でもその表現に不服を抱きながらパーシヴァルは言った。

「いや、うまく言えないんだけど、ん〜」

 クリスは口元に手を当てて言葉を捜した。真剣に考える様子を本当に生真面目な人だと微笑ましく見つめる。

「だって、なんか腹が立たないか? 頼むってそんな、本人の意思無視して勝手に頼まれたら私は嫌だぞ? それに……」

「……それに……?」

 ふと口調を静かなものに改めたクリスに、パーシヴァルはそっと言葉を促した。

「……一人取り残されたリコの顔など、私は一生見たくなんかない……」

 瞼を伏せ、静かな、それでも芯の通った強い声。

「私なら、最後まで共に戦いたい。命尽きようと、最後まで信じた者と戦い抜きたい」

「……なるほど、ね……」

 パーシヴァルは楽しげに苦笑しながら思った。

 あの少女の笑顔が曇る日。そんな日、一生来なければいい。

 そして、目の前の人の笑顔が。

「……それでは、クリス様」

 机の上に手をついて、顔を近寄せながらささやく。

「その気持ちを理解してくださるクリス様なら、自分を犠牲にして他の者を逃がそうとか、もし倒れたときには誰に騎士団を任せるかなんてこと考えたことなんかもちろんありませんよね?」

「……………………あ〜」

 にっこりと微笑むパーシヴァル。こめかみの辺り汗を流して視線を逸らすクリス様。

「ありませんよね?」

 念を押しながらそっとクリスの手に自分のそれを重ねた。なんだかそこにやたら力を込められている気がしながらクリスは口の端を引きつらせながら答えを振り絞る。

「……ほら、私とフレッドでは立場が違うだろ?」

「位等しく騎士団長だったと記憶しておりますが」

「あそこと一緒にするなぁ……!」

「おや、クリス様とあろうものが人数だけで騎士の誇りにランク付けをなさるつもりですか?」

「だ、だって、私が死んだらやっぱり誰かがこの人数扶養しなきゃいけないだろう?」

「……いつ扶養されたんですか、いつ。……ちなみに、団長指名するとしたら誰ですか?」

「ん〜、レオかなぁ。サロメは多分ずっと参謀でいたがるだろうしレオなら貫禄も十分……」

「あはははは。……滅茶苦茶具体的に考えてらっしゃる……」

「うわ、いたっ! い、痛いイタイイタイ。お前本気で力……、あぁもう、ごめんなさいもう考えませんだからはなせぇ……!」



 ようやく手を離してもらえたクリスは半分涙目になりながら手を振った。

「本当に痛かったぞ。レディに対して何てことするんだ、お前は」

「剣持たせたら私よりよっぽど強いくせに何言うんですか、図々しい」

「……くそっ、次の手合わせの時にはけちょんけちょんにしてやる」

「騎士団長ともあろうものがそういうところで私憤を晴らさないでください」

 クリスの机の上から決済済みの書類を取り上げながらパーシヴァルは冷静に言った。

「もう二度とあのようなこと考えないでくれますね?」

「いや、でもそれも騎士団長の職務というか……」

「もう一度握手しますか?」

「……努力する」

 どんなに脅そうと迂闊に約束してくれない騎士団長にため息をつきながら、パーシヴァルは疲れたように言った。





「クリス様。あなた絶対フレッド殿と同類です」

「え〜、うそぉ〜」

 心の底から嫌そうだった




from 幸福詐欺師