あの子の愛するこの城は、自ら不幸で無くなることを選んだ人達の住む所だから。

 だから、あんまり馬鹿にしないでね?





 幸せの形





「ここがハンスさんの武器屋さん。私達がよくお世話になる武器屋さんです」

 緑の木々が風に揺れ、葉ずれの音が耳に心地よい。その町並みを踊るような足取りで案内しているのはこの城の主の姉、ナナミだった。

「こっそり融通きかせてくれたりするんで、あとでシュウさんかフィッチャーさん辺りが正式に紹介してくれると思います。あ、フィッチャーさんには会いましたか?」

 まだこの城に来て日の浅いカミューは、町の紹介そのものよりその紹介する人間側の観察を楽しんでいた。

「えぇ、スズメ殿に紹介していただきましたよ。有能な方だそうですね」

「はい。シュウさんにこき使われてます」

 ロックアックス城に現われた時にもこの年幼い姉弟には驚かされたものだが、こうやっていてもやはりこの姉弟が戦争の中心にいるとは信じられない。

 仕事上若い令嬢と接することは少なくなかったが、このような典型的な町娘と共に歩くと言うのは結構新鮮だった。

「この城、面白い人一杯いるんです。おいおい紹介していきますね」

 一時とてじっとしない足取り。くるくると表情の変わる様は見ていて気持ちがいい。

「えぇ、この城の人に会うのは結構楽しみだったんですよ」

 穏やかな城だ。

 町の人の明るい声。溢れる笑顔。

 ……ミューズが落ちサウスウィンドウのグラインマイヤーが死亡した時、これで都市同盟は終るだろうカミューは思った。同盟としての協定が名のみのものとなった以上ハイランドに食い散らかされるだろう。

 マチルダはどうなるかを考えた。最低限マチルダの権利とある程度の自治を確保せねばならない。あの騎士団長をどうあやつればよいか。

 そんなことを考えている内に、彼の噂はささやかに、だが確実に広がっていった。

「同盟軍を名乗る軍が現れたらしい」

「トラン解放軍のビクトールとフリックが参加しているそうだ」

「リーダーはハイランドの少年らしい」

 最初はなんの冗談と思い、その噂がほぼ真実だとの情報が入って、何時の間にこの戦争は喜劇になったんだと思った。この国の人間ですらない子供の率いる軍であの狂皇子に対応できるとでも?

 皆が嘲笑していた。カミューにあったのはただ静かな絶望のみだった。

 そんな者達に何ができる。この国は終るのだ。

 そう思っていたのに。

「……私がこの城の一員になるとはね」

「はい? 何かいいました?」

 カミューは女性向の笑顔を作って微笑んだ。この年頃の少女にはこの笑顔を浮かべておけば大概問題無い。

「この城の一員になれて嬉しいと言ったんですよ」

 この俺が、この城に。





「……カミューさん、この城気にいってくれました?」

 少女は後ろで手を組んで覗き込むような上目遣いで言った。

「えぇ、とても」

「……嘘」

 その声は小さすぎて、一瞬何を言ってるか聞き間違えたのかと思った。

「……カミューさんにはこの城、どんな風に見えるのかな」

 ナナミは笑っていた。

「ロックアックスほど堅固な守りじゃないよね。戦う為の城じゃないのかもしれない。兵士の主力も志願兵ばっかりだからシュウさん鍛えるのに必死だし」

 確かに笑っていたけれど、その瞳は酷く乾いていた。

「カミューさんにはおままごとみたいに見えるかな。そうかもしれないね」

 手を組んだままくるりと回って城を見上げた。湖の上を抜けてくる涼やかな風が、同盟軍の赤い旗を揺らしていた。

「リーダーはあんな男の子だし、私みたいのも戦ってるし。マチルダ騎士団に比べたら玩具みたいだよね、この軍」

 

「だけどさ」

 再びカミューに向き直った。ゆっくりと瞼を下ろし、息を静かに吐き出してから再び開ける。そこにある瞳の透明さよ。



「あの子の愛するこの城は、自ら不幸で無くなることを選んだ人達の住む所だから」

 少女は言った

「だから、あんまり馬鹿にしないでね?」





「……なぁ、マイク……」

「なんだ、カミュー。仕事はいいのか」

「野生の本能って怖いよなぁ」

「何の話だ」

 次の日、カミューはマイクロトフの部屋で部屋の主が書類の整理やら何やらをしているのを後目に机に座ってぼぉっと頬杖をついていた。

「なぁ、マイク」

「なんだ、カミュー。ちなみにお前がサボっているとなぜか俺がお前の副団長から怒られるのだがどうしてだかわかるか?」

 カミューは全くマイクロトフの言葉を聞かず言いたいことだけ言った。

「自分より格下だと見くびってた相手に、『あなたが私達の事侮ってるの知ってますよぉ』って言われるってのは恥ずかしいもんだなぁ」

 その言葉はマイクロトフはゆらぁりと首をめぐらせて、物凄く嫌なものを見るようにカミューを見た。

「……お前、今度は誰に何をしたんだ」

「……なぁ、マイク。今度はってどういう意味だ……?」

「聞きたいなら解説するが」

「今回は遠慮しておこうか」

 さらっと毒の飛ばしあいなどをこなす姿には年季が感じられる。

「……で? 誰に何をしたんだ?」

「あ〜、ナナミ殿とちょっと、な」

 でてきた人の名にマイクロトフは方眉を上げた。

「ナナミ殿とは、軍主の姉上のナナミ殿のことか?」

「あぁ」

「……ふむ」

 マイクロトフは脳裏にナナミの姿を思い浮かべた。

「……素直そうな、明るい少女に見えたが」

「あぁ、俺もそう思っていたよ」

「…………」

 頬杖をついて何か考え込みながら呟いたカミューをマイクロトフは見た。この男ともいい加減長い付き合いになるが。

「……ふぅん」

 その零れた言葉に何かを敏感に察知したカミューはぴくりと反応した。

「なんだい?」

「いや、なんでもない」

「マァイク?」

「本当になんでもないよ。ただ……」

「ただ?」

 何でも無くないじゃないか。心の中でだけ呟く。

「お前が女性の扱いに失敗するのは珍しいなと思っただけだ」

「……ふん」

「で? 何をしたんだ?」

 そういった時のマイクロトフの顔が何となく得意げだったのが気に食わなくて、カミューは知らん顔をした。





 一方その頃、ナナミは城内の見回りをしていた。忙しくて中々皆の様子を見に行けない弟の為に何か出来ることは無いだろうかと考えた上での結果、城の見回りをして弟に教えることにしたのだ。

 優しい人達の触れ合えるこの時間はいつもは楽しいものなのに、今は胸に抱えたわだかまりを持て余していた。

――「だから、あんまり馬鹿にしないでね?」

「……どうしてあんなこと言っちゃったかな」

 微笑むカミューの顔。綺麗だと思う。優しいとも。

 なのにあの時感じた居心地の悪さはなんだったのだろう。

 確かに視線は合っていたのに。確かにあの人は微笑んでいたのに。

 ちくちくする中途半端なぬるま湯に手を浸しているような感じ。

 綺麗な人。童話から出て来た王子様のような人。

 なのにあの時自分は確かに気持ち悪くて。

 浮かべた笑顔の、皮膚1枚下。どんな感情が詰まっていたのか。

 ねぇ、絶対笑ってなかったよね?

 自分を許す為に、相手を悪くする為に、何度も問いかける。



 ねぇ。笑ってなかったよね?





 見回りのはずなのに殆ど自分の思考にふけりながら歩く。気がつけばハンスの店の前に辿りつこうとしていた。

 あぁ、そういえば昨日の案内はここで終っちゃったなぁと思い出す。まぁ、カミューなら要領よく店覚えたりとか誰かに案内させたりとかするだろうとあまり罪悪感も無いが。

 などと考えてハンスの店に視線を投じた時に目に入ったのは真紅のマント。

 真紅の彼はハンスの店の入り口の脇の壁に持たれかかっていた。腕を緩く組み少し俯きながら地面に落とした視線は何かに思いを馳せているように見える。

 だが今のナナミにとっては会いたく無い人ナンバーワンで、少女は意識せぬ内に踵を返して逃げ出そうとしていた。

「おや、ナナミ殿」

 だがナナミが逃げ出す前にカミューが気づいて呼びかける。伸びやかなその声には何かの魔法でもかかっていたようにその場から動けなくなった。カミューはどこまでそれを知っているのか、洗練された動作で壁から背を離し、マントについた埃を叩いて落としながらゆっくり歩みよった。

「こんにちは。今日もいいお天気ですね、ナナミ殿」

 初めてあった時と変わらぬ満点の笑顔。昨日が昨日なだけにとても怖い。

 これはあれか。何事も無かったことにしようと言う大人な笑顔か。ならば自分も乗った方がいいのだろうか。

「そうですね。お散歩するのがとても気持ちい……」

「逃げ出されるなんてショックですね」

 未熟な人生経験ながらもなんとか笑顔を作った矢先にきっついカウンターをくらう。

「別に逃げてなんか……」

「私に気づいた途端道を引き返したように見えましたが?」

「そんなこと……!」

 逃げ場を一つ一つ踏み潰すような言葉をカミューは笑顔で言う。

「では、少しお時間を頂いてもよろしいですか?」

「時間?」

 訝しげに問い返したナナミにカミューは嫣然と微笑んで見せる。

「昨日の話の続きをしませんか?」



 あ、この人私のこと嫌いなのかもしれない。思った。







 ごめんなさい。謝るのは簡単だけれど何か違う。人の少ない方に並んで歩きながらナナミは思った。

 けれど、一向に沈黙を破ってくれない赤騎士の整った横顔を見ていると違ってていいから謝ってすっきりしてしまいたくなる衝動に駆られ、歩みを止めて思わず尋ねる。

「……怒ってるんですか?」

「私が? 何をです?」

 カミューは緑の葉の茂る大樹の下に身を寄せていかにも意外なことを言われたの様に目を丸くした。その道化じみた顔に腹立たしさを覚えた。

「怒られたのは私ではないのですか?」

「……ごめんなさい」

 謝るナナミを見下ろすカミューの顔に木漏れ日が落ちる。一幅の絵の様で、こんな状況でなければ素直に見蕩れられたのに。

「だから何を謝るのですか? 謝らなければならないのは私の方だと思っていたのですが」

「…………ごめんなさい」

 針の筵に追い込まれたような、居た堪れなさを覚える。

「……失礼なことを言いました。力を貸してくれるって言ってくれた人に言う台詞じゃありませんでした。忘れてもらえませんか?」

「忘れるなどとんでもない。私の犯した無礼を謝る機会すらくれないのですか? ……どうかそのまま逃げないで」

 演技だってわかる滑稽な仕草で綺麗な騎士は胸に手をあてる。

 あぁ、やっぱりこの人私のこと嫌いだなんだ。

「……なんで私が逃げるんですか?」

 そう思ったら、変な話だが急に笑顔を作るのが苦にならなくなった。

「おや、私の気のせいでしたか? 今にも私の目の前から逃げ出してしまいそうに見えたのに」

「変なカミューさん」

 笑える。

「お話はそれだけですか?」

「……それだけ?」

「私別に怒っていません。無礼なことをされたとも思っていません。

 大丈夫、私笑えてる。

「お話はそれだけですか? それだけなら私行きますね」

 1つ微笑んで背を向ける。

「……とても不思議なんですよね」

 再び魔法がかかったように、ナナミの身体が不思議な力に縛られた。ゆっくり首だけ振りかえる。

「あなたはこの城を自ら不幸で無くなることを選んだ人達の住む所と言いましたね」

「……それが何か?」

 振り返った先には昨日と同じ綺麗な綺麗な笑顔。

「なのにどうしてあなたの笑顔はそんなに昏いのでしょう」

 でも昨日よりよっぽど男の本意が見えるのがなんだか愉快だった。

「ねぇ、ナナミ殿?」

 酷薄な笑顔。



「あなたは気づいていないでしょうけど」

 やめてくれないかなぁ。

「あなたの今の笑顔はきっと私にそっくりですよ」





 ほんとやめてくれないかなぁ。





「……どう言う意味かな、カミューサン」

 瞼を伏せて俯いて。

 言葉を強張らせたナナミを見てカミューはなんとも例えがたい勝利感を抱いた。

 だって悔しいじゃないか。この俺が本意を見ぬかれるなんて(あれはえらい恥ずかしかった)(大人気無いんじゃないか?)(ほっとけよ)

「別に深い意味なんてありませんよ」

 どんな顔をしているのか見てみたくて頤に手を当てて顔を上げさせた。

「ただね」

 間近から顔を覗き込む。

「あなたは不幸であることを止めた。そう言いましたね?」

「えぇ、そうです」

 真っ直ぐに自分を見返してくる瞳。いい目だ。

「なのにどうしてでしょうね」

 こういう目には興味が引かれる。

「どんなにあなたが笑っていても、私には幸せそうには見えないんですよ」

 揺さぶったら、今度は何を見せてくれる?

「笑顔の下でこの城をバカにしていた私とあなたに一体どんな違いがあると言うのです?」

 さっと顔に怒りの色が浮かんだ。

 あぁ、いい感じだ。

 

 




「……私は、幸せよ?」

 顎を取られたまま、間近に顔を寄せられたまま、それでもナナミは瞳を逸らさなかった。

「だってこの城スズメいるし。みんな優しいし。仲間たくさんいるし」

 きっと眉根を寄せる。怒りに燃えてなお、その瞳は濁らない。

「これだけ恵まれてて、他に何が必要だっていうの?」

「たったそれだけで人間が幸せになれるとでも?」

 ……すごく嫌な気持ちがする。

「なれるよ。今幸せだよ」

「ナナミ殿。そんな笑顔で人を騙せると思わないほうがいい」

 どうしてこんな思いをしなければならないのか。

「いやな言い方しないで。騙してなんかいません」

 騙すとか、騙されるとか。

「ではなぜそんな苦しそうな笑顔を浮かべているのですか? 回りを欺いて笑顔で気持ちを偽って、そんなあなたが私を詰る。理不尽だと思いませんか?」

 そんな言葉と無縁でいられる人間なんてとても少ないのだろうけど、望む事すらこの人は綺麗な笑顔で許さない。

「……じゃ、不幸な顔して、同情してください同情してくださいってアピールしてればいいの?」

 なんて傲慢な人間なのだろう。

「そんな顔してれば、カミューさんは満足なの?」

 何も知らないくせに。

「そんな人間の方がよっぽど鬱陶しいじゃないですか」

そういうの、すごく嫌で。



「……鬱陶しい、ね」

 カミューは小さく口の中で言葉を転がして、少女の唇をゆっくりと撫でた。どうも昨日から意表をつく言葉ばかり聞かされている。それに苛立ちを覚えている自分が興味深い。

 女に飢えてるわけでもなし、放っておけばいいのに。そういう食指が動く相手でもないし彼女とコミュニケーションが取れなかったところで困ることなど何もない。彼女と親交が深ければ盟主の覚えがよくなるかもしれないが、それに頼らねばならないほど自分の腕に自信がないわけではない。

 じゃぁ、何故。

「……どうして私はこんなに苛立ってるのでしょうね」

「え?」

「関わらなければいいだけのことなのに、どうして私はわざわざ貴女とこんな話をしてるんでしょう」

「……カミューさん?」

 怒りに染まっていた瞳は徐々に収まり、不可思議なものを見るような目をした。

「嫌なんですよ、すごく。貴女と話していると腹が立って」

 親指で頬を撫でる。まだ若い娘のきめ細かい肌。口説いているような気になる。

「なのにどうして私は今日貴女に会いに来たんでしょうか」

「……何いってるかわからない」

「わからないですか? 簡単なことなんですよ」

 カミューは強引に抱き寄せて耳元で囁いた。



 復讐ですよ。



 その力が強くて痛かったけれどときめきはしなかった。

「痛いです」

「素気ない対応ですねぇ」

 何が楽しいのか赤色の彼はくすくすと笑った。

「少しぐらいどきどきしてほしいものなんですが」

「いくら私でも自分のこと好きなのか、そうじゃないかぐらいわかりますから」

「おや、私はあなたのことがこんなに好きなのに」

「っていうか復讐って言ったじゃないですか」

 細く見えたのに広い胸。フリックともビクトールとも違う、男の人の匂い。

「だって手に入らないなら壊れてしまった方がましじゃないですか」

「破滅的な考え方するんですね」

「マイクによく怒られますよ」

 楽しげにカミューは言って、だからナナミは腹立たしい。

「……怒られてる意味、絶対カミューさんわかってないよね」

「そんなことな……」

「絶対わかってないよ」

 まだ口調が楽しそうだったから、本当に腹がたって言葉を失礼にも無理やり遮ってもう一度言った。

「……」

「……絶対に。あなたは理解していないよ」

 言いながら、この人はもしかしたら一生理解することはないのかもしれないと思った。



「そうやって一生懸命生きてる人馬鹿にしてさぁ。 平凡な幸せ必死に掴もうとしてる人見下してさぁ。 何様のつもりよ。 あなた何様よ!」

 悔しくて、悔しくて、悔しくて。

「一生懸命生きて何が悪いのよ。壮大な夢描く前に明日のご飯心配するのがそんなにおかしい? 食べなきゃおなか空くじゃない。おなか空いたら元気でなくて悲しいじゃない。大切な人悲しかったらかわいそうじゃない。だから皆頑張るのよ。頑張って頑張って生きてるのよ」

 両腕で突っぱねると、思ったよりもやすやすとカミューの体は離れた。背の高い彼の、そのきれいな顔を精一杯にらむ。

「そりゃ、あなたは偉い騎士様かも知れないよ。歴史に名を残すかもしれないよ。歴史に埋もれていくような人間とは違うのかもしれないけどさ……!!」

 今や、世界を滅ぼすことすら可能な紋章の間に 立ち、無力でありながら強大な影響力を及ぼすその少女は、本当に自分を無力と信じ込んで叫ぶ。

「力がないからって、ただ踏みつけられていくだけと思ったら大間違いよ!! あなたのトップのスズメなんてただの一般市民よ。あなたなんか、その下で働くしかないんだから。あなたなんか、あなたなんか……!!」

 両の手で、カミューの胸元を叩きながら、ナナミはこぼれそうになる涙を必死にこらえようと顔をゆがめる。

「……バカにしないで。頑張ってるの。バカみたいかも知れないけど、頑張ってるの。……バカにしないで……」



 唇をかみ締めて、涙はぼろぼろ頬を滑り落ちて、惨めな姿で小さい体で。

 それでも彼女は誇りを叫ぶ。







「バカにしないで……」







 そして、カミューは途方にくれる。少女が嗚咽をこぼしたことで、自尊心は満たされるはずだったのに、胸を覆うは後ろめたさでどうしたものか。

「これじゃ、私悪役じゃないですか」

「図々しいのよ、カミューさんは」

 両手は、叩かれて痛んだカミューに押さえられて動けなくなったナナミはせめて顔は見られまいと俯いたまま言った。

「この私にそんなこといえるのはマイクロトフぐらいだったんですがね」

「貧しい人間関係の中で調子に乗ってたのね。この城でもそれを貫けると思ったら大間違いよ。怖い人いっぱいいるんだから」

「……それは怖いですねぇ」

 野生の人と性悪が多すぎる。カミューは苦笑して言った。

 ナナミは顔を上げ、潤んだ瞳のままあごを引いて挑発的に微笑んだ。





「バカにした報いは、しっかりその身で受けるがいいわ」

――「……素直そうな、明るい少女に見えたが」







「楽しみにしていましょう」

 だから、お前は女を見る目がないというのだ。

 


from 幸福詐欺師