嘘吐きな私の弟は世界すら欺こうとしていた。





 私の弟。




 私の弟は誇り高い。なんて言えば聞こえがいいがただの負けず嫌いの意地っ張りだ。

 もしかしたら人間が苦手なのかもしれない。人付き合いが下手なわけじゃないし、むしろ世渡り上手なところもあるけれど、心のそこに抱えた傷が今だ癒えてないことを私は知っている。

 多分本人は気づいてない。自分を騙すのが本当に上手な子で。

 あの小さな街で過ごした日々。心無い子供の無邪気で残酷な遊びだったと今ならわかる。あの子達の目には純粋に楽しむ色しかなかったから、だから年を重ねていくにつれ共に笑いあうことも増えていった。距離の取り方を覚えたのだと思う。

 でも本当に怖いのは大人達だった。あの人達は笑顔だから。

 仮面じみた笑顔の裏の感情に私達は何時も怯えていた。笑顔で挨拶を交わすあのおばさんが家では一体何を言っているのだろう。

――「母さん言ってたんだもん。お前達はイタンだって。」

 だって今朝会ったときおはようって言ったのに。今日もいい天気ねって言ってくれたのに。

 守ってあげなきゃと思った。あのいたいいたいヤイバからあの子達を守ってあげなければ。

 そして私は強くなり、弟は演技を覚えた。自分達に害を成さない明るいいい子でいればあの人達は牙をむかないから。

 この城に来てほっとしているところも本当はちょっとある。

 スズメがそのこ憎たらしい本性を出せるのは本当に信頼できる相手にだけだから。

 生意気なことを言ったり、意地悪なことを言っているスズメを見ると嬉しくなる。

 そういうの全て甘やかしてくれる相手がここにはたくさんいて、それには妬けるけど、でもやっぱり嬉しい。甘えるのが本当に下手な子で、それを自分で知らないから。手間のかかる子。

 ただ、その相手が年上ばっかりだというのが少し引っかかる。嫌だというのではないが、周りが年上なばかりの環境にいると早く大人になってしまうと小さい頃聞いたことがあるから。

 ただでさえスズメは周りにあわせるのが上手な子だった。



 スズメは、自分を騙すのがとても上手。



 何時からだろう。私が眠ったのを確認してからベッドから這い出して机に向うことが多くなった。

 ほんとプライドが高い。こっそり内緒で勉強しているらしい。

 相手が悪いと思うのだ。ジョウイが遠くに行ってしまって現在ライバルとしてターゲットを絞ったのはあの性悪冷酷軍師だったり、帝王学を小さい頃から嗜んできたトランの英雄だったり、絶対の経験値を誇る傭兵たちや騎士達だったり。

 会議や書類でわからないことがあるのが悔しいらしい。大した勉強なんてしてきたこと無いからなぁ。

 蝋燭の光が映し出す横顔をばれないように布団の隙間からこっそり覗くのが面白かった。

 どちらかと言えは可愛いと言われるその顔にコンプレックスを持っているのを知っていた。でもってジョウイも自分のその綺麗な顔を好んでない。二人して何やってるんだかとか影でゲンカクじいちゃんとくすくす笑っていた。

 あの顔が世間でどれくらいのランクにいるかは知らないけど、だけどスズメは段々男の顔つきをするようになった。基本的ににこやかなその顔に時々獣のような鋭さが浮かぶ。城の女の子達が影でこそこそスズメの噂話をしてたりする。スズメの癖に生意気な。

 ……キャロじゃないんだなァって思う。もちろんここにも敵はたくさんいるけどだけど守ってくれる大人達がここにはいてくれて、それが暖かすぎて時々涙が滲みそうになる。

 スズメが気難しげに眉をひそめた。また見つけた、大人びた表情。ほんと負けず嫌いなんだから。

 英雄、と人がスズメのことを呼ぶ。

「……英雄、か。」

 スズメに聞こえないように、布団の綿にすべて吸収されてしまうような小さい声で言った。

 もう1人の英雄に会ってスズメは相当触発されたらしい。なんていうか、カラスさんはすごいから。

 自分を産んだ人がわからない。あの人には多分この不安は理解しにくいと思う。別に卑下してる訳ではない。

 ただ小さい時から立派な大人達に敬語で話されてきた感覚が私達にはわからないのと同じように、自分が望まれて産まれたのがわからない不安は多分理解してもらえないと思う。

 愛されてきたことには自信がある。だけど、どんないざこざも血が許すという事は多いと思うのだ。血の繋がらない私達が家族を保つ為には労りあう努力が必要だった。結果としてはそれが私達の家族を上手く行かせた原動力ではあったのだけど。

 だからスズメがカラスさんにあったときも萎縮されず対等に笑いあったのを見た時ちょっと誇らしげな気分だった。

 どうだ、私の弟はすごいだろう。悪戯の好きな運命の神様を笑ってやった。

 スズメがコンプレックスでなくもっと前向きな気持ちでカラスさんに挑んでいけるのを誇りに思う。私の弟はすごいでしょう。

 だけど。





「ん、ん〜。……スズメ? 起きてるの?」

 寝ていた振りをしてスズメの名を呼んだ。スズメは慌てて蝋燭の火を吹き消した。

「ううん、ちょっとトイレ行ってたんだ。ごめん、起こしちゃった?」

 ほら。また嘘をつく。

 私は小さく首を振って再びベッドにもぐりこんできたスズメを向い入れた。

「おやすみ。」

「ん。」

 スズメが小さく頷いて瞳を閉じた。先に目を閉じてくれたことをいいことに私はしばらくその顔を見ていた。

「……なんだよ。」

「あれ、気が付いちゃった?」

 この子はどこまで行くのだろう。

「趣味良くないよ。」

「いいじゃん。可愛いんだもん、寝顔。」

 自分が勉強なんか大嫌いだなんてことさえ忘れて。

「……そんなこと言われたって。」

「あぁ、赤くなったァ。」

 どこまで飛んでいくのだろう。どこまでとんでいってしまうのだろう。

「うるさいなぁ。」

「スズメ、かっわい。」

 駄目なお姉ちゃんでゴメンね。置いていかれるのが怖くて邪魔しちゃったよ。

「……スズメ。」

「なんだよ。」

「……おやすみ。」

「…………うん。」





 そういって健やかな寝息を立て始めた私の弟。

 私を安心させるためでしょ? きっと狸寝入り。

 そうやって私が眠るのを待ってる。悔しいから今日は夜更かししてやろうか。

「……バカな子。」

 

 涙が一粒こぼれた。

 



from crazy*3