Memories 

 

 戦闘はすぐに終わったがナナミは目を覚まさなかった。

 村の人も手伝って家の中を片付ける間もスズメは借りた部屋に横たわるなナミの傍を離れようとはしなかった。

 マイクロトフがノックをして部屋に入った。少女の顔色は大分落ちついてきていて、むしろスズメの方が青ざめていた。

「スズメ殿。ビッキー殿が参りました」

 フリックは馬を借りて一足先に城に帰った。ビッキーを迎えによこし、族の残りがいないか確認し、いたら殲滅させる為の隊を編成する事になっていた。

「あ、本当。ありがとう」

「……まだお目覚めになりませんか」

「うん。でも顔色は良くなったでしょ。この所疲れてたみたいだから眠いんでしょ」

 スズメは立ちあがり愛しそうに見下ろした。

「……申し訳ありませんでした。俺がもう少し早くたどり着いていればあんな怖い目を見させずに……」

「マイクロトフさん」

 謝罪の言葉を静かに、だけど強くさえぎってスズメは言った。

「大丈夫、ナナミは温かいよ。……本当にありがとう」

「ですが……」

「大丈夫。もしこれでナナミが冷たくなってたりしたら僕はしっかり貴方のこと詰って殴ってるから」

「……はい」

 マイクロトフは力なく、だけど笑って見せた。

「さて、と。ナナミはどうしようかな」

「あ、俺が抱いて行きます」

 スズメは一瞬複雑そうな顔をしたが

「……うん、じゃ、お願いします」

 と言って微笑んだ。

「他の人は帰る準備できてるのかな。じゃ、悪いけどナナミ連れて来てください。僕、下の様子見てきます」

 片付け全然手伝わなかったなと小さく呟きながら少年が出て行ったのを見送ってからマイクロトフは改めて静かに眠る少女を見下ろした。

 確かに上下している胸にほっとしながらもどこか落ちつかない。

「……あの目はなんだったんですか?」

 尋ねた所で返答はない。

 マイクロトフは自嘲の笑みを浮かべて首を振ってから少女にかけてあった毛布をはがした。ナナミは村長の孫の寝巻きを借りていた。あの血だらけの服ではあまりに忍びない。

 マイクロトフは自分のマントをはずしてそっとかけると壊れ物を扱うようにそっと抱き上げた。

 気を失っている者の体は重い。ふと力を抜くと零れ落ちてしまいそうな柔さが今は切なかった。

 

 

――あの目はなんだったのですか?

 

 

「……まだ嬢ちゃん意識戻らないんだって?」

 ビクトールはあの後村の混乱を抑える為にも一人村に残り、四人が先に城に帰った。次の日にフリックが隊を整えて村に訪れ、それと入れ替わりに帰還したビクトールに届いた情報は吉報ではなかった。

「なんか怪我でも見つかったのか?」

 医務室に眠るナナミの枕もとに立ち健やかな息を立てる少女を見下しながらビクトールは言った。

「身体的には何の異常も見られません。頭を強く打ったとしたら今の段階ではなんとも言えませんが……」

「いえ、それはありません」

 ホウアンの言葉をマイクロトフはやんわりと否定した。

「でしたら他に考えられるのは……」

「……精神的な問題、か」

 ビクトールは少女の前髪に無骨な指を絡ませて呟いた。

「……怖かったんだろな……」

 そんなつもりはないとわかっているが、その優しい憐れむ声音が自分を責めているようでマイクロトフは辛かった。

「俺が傍にいたのに……」

「それを言うなら俺も同罪だ。あんまり自分を追い詰めるな。お前の顔色悪くしたってナナミはよろこばねぇよ」

 ビクトールはため息をついてマイクロトフに言った。実際マイクロトフの顔色は優れない。

「その顔じゃお前昨日の夜寝てないな?」

「えぇ、ずっとナナミさんにつきっきりで……」

「スズメ殿はいたくても仕事でついていられないんです。だったら俺が……」

「ただでさえうちの軍は人手が足りないんだ。お前まで倒れてどうする。ナナミには俺がついてるからお前は休め」

「しかし……」

「傍にいたいのでしたらそこのベッドを使ってくださってかまいませんから」

「ですが」

「これは軍医としての命令です」

 駄々をこねるマイクロトフにホウアンは静かな口調で言った。戦う場所に差はあれ、確かにこの男も戦士だった。

「……わかりました」

 大きくため息をついて了承した時。

 

 

「……ん……」

 少女は小さく身動ぎした。

「……ナナミ殿?」

「気が付いたか? ナナミ!」

 少女がゆっくりと目蓋を開く。視点定まらぬ瞳で二三度瞬きをした。

「……私、何を……」

 三人の安堵のため息が重なった。

「……トウタ。会議室の皆さんに知らせてきてください」

 ホウアンはそう言うと少女の手を取り動脈に親指を当てた。

「よかった。もう一日以上眠っていたんですよ? ……起きあがれますか?」

 少女は頷いてゆっくりと半身を起こした。ホウアンは目の下に指を当てて軽く引っ張る。

「……あの、えと、私どうしてここに……」

「口をあけてください」

「あ、はい」

 少女は微かに戸惑いを浮かべながらも素直に言う事を聞いた。一通り診察してホウアンは安心したように微笑む。

「はい、大丈夫そうですね。まぁ、大事を取ってもう少し休んだ方がいいですが……」

「あ、はい。ありがとうございます。それで、その、……ここは……?」

 ホウアンはクスッと笑って言った。

「わかりませんか? 城の医務室ですよ」

「……城? え、城って……」

 ルルノイエ?

 少女が首を傾げて発した言葉に大人三人は一瞬顔を見合わせて吹き出した。

「なぁに寝ぼけたこと言ってるんだ、ナナミ。ったく心配させやがって」

 安堵がビクトールに笑みをもたらす。大きな声で笑いながらナナミの肩をバシバシ叩いたがナナミは戸惑った表情を浮かべるばかりだった。

「……ナナミ殿……?」

 何かその表情に違和感を覚えてマイクロトフは声をかけたがその問いは扉を開ける音に遮られた。

「ナナミ! 目覚めたってホント!!」

 スズメだった。軍師や将軍達を打ち合わせをしてたらしい。アップルやクラウス親子、リドリーの姿もある。

「スズメ!」

 少女の顔が一気に明るくなった。駆け寄ってくる弟に腕を伸ばしその体を抱きとめた。その光景に思わず周りも微笑む。暫し抱き合って互いの体温を確かめ合った後スズメは腕を伸ばしナナミの肩に手を置いて怒ったふりをして言った。

「もー、すごい心配したんだからね? ずっと寝てるんだもん。どうかしちゃったのかと思った」

「ごめんごめん。あ〜、でもなんでスズメがここにいるの?」

「は?」

「あ、ううん。いてくれて嬉しいんだけどね?」

「いや、なんでって……、僕達の城だから……」

「……そりゃ確かに自分の国のお城だけど……。……だけどなんでスズメがここにいるの?」

「……何でって、……何が……?」

 質問の意図が掴めずに問い返す。

「だってあんたの部隊って国境近くに配置されたんでしょ?」

「……ナナミ? 何の話してるの?」

「あ、もしかして部隊替えとかあったの? だったらそうと手紙よこしなさいよ」

「いや、いいからちょっと待って、ナナミ」

「でもすごいじゃない。ルルノイエに配属されるなんて。ジョウイは? ジョウイも一緒なの?」

 この城において呼ぶだけで緊張をはらむその名を少女はあどけなく口にした。皆の顔が強張る。

「おい、嬢ちゃん。なんか寝ぼけてやしないか?」

 ビクトールが皆の気持ちの代弁して尋ねるとナナミは微かに怯えたようにスズメの服の袖を引っ張って小声で尋ねた。

「ね。それでなんで私こんな所にいるの?」

「こんな所、って……」

「あの、ナナミ殿……」

 戸惑うスズメにマイクロトフが割って入った。

――あの目はなんだったのですか?

 頭の中で警鐘がなる。嫌な予感ががんがんする。

「申し訳ありません。先ほどから話が見えないのですが一体何を言ってらっしゃるのですか?」

 焦りのせいで早口になる。

 気のせいであってください。心の底で必死に祈る。

 だけど。

「あの、ごめんなさい」

 いつもの明るい、無邪気な笑顔。

 彼女は軽く首をかしげてその言葉を発した。

 

 

「あなたは、誰ですか?」

 

 

 心臓が止まるかと思った。

 


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