memories

 

 小さな村の優しい夜に剣戟の音が響く。華美ではないが手入れが行き届いた暖かい家の、普段なら笑い声を跳ね返すであろう壁は忌々しい赤い液体が飛び散り蒸せ帰る鉄の匂いが充満した。

 マイクロトフは今回の交易の旅に腐れ縁の二人、ビクトールとフリックが同行している事に心から感謝をしていた。この歴戦の兵である二人がいなければもっと事態は混乱していただろう。

 同盟軍のリーダーであるスズメとその姉ナナミ、ビクトールにフリック、シーナにマイクロトフと言うメンバーでの交易の帰り道に立ちよったのは普段なら通りすぎてしまったであろう小さな村だった。

 もう少し頑張れば太陽が地に沈む前に城にたどり着く程の距離にあるその村に昼食を取りに立ち寄った際、たまたま同席したその村の村長に盗賊退治を頼まれた。

 この近くの山奥に野盗が住み着いたらしい。大きな盗賊団が動いたと言う情報は城の軍師の情報網にかかっていないので新興の盗賊団か脱走兵崩れだろうという辺りで話がついた。

  スズメ達はとりあえず今晩はこの村に逗留し、明日盗賊のアジトの場所と規模を偵察し、その足で城に帰還し兵を派遣すると言う約束をした。

 小さな村だ。自衛団はあるもののその質の低さは否めない。相当不安だったらしい村長は顔中を笑顔にしてスズメの手を握った。

 自分の家に泊まってくれと言う村長の申し出をありがたく受け入れて一行が村長の妻の作ったおいしい料理を食べ終わり、歓談を交わしていた時にその男たちはやってきた。

 ノックも無しに扉が蹴り破られた。

 和やかな空気は一気に殺気に取って代わった。

 人相の悪い男たちが二〇人ほど下卑た笑みを浮かべて乱入してきた。

「金目の物を残らず出しな。命の保証はしてやらねぇがな」

 例の野盗か。一瞬の目配せをしたのち近くにおいてあったそれぞれの武器を引き寄せてゆるく構えた。

「……お前たちがこの近くに住み着いたって言う野盗どもか?」

 フリックが静かに力みなく問いを発した間にビクトールは階段を駆け上がり二階の窓辺に身を寄せた。

「なんだ? お前ら」

 反抗も出来ない村民たちばかりだと思っていたのであろうその男たちは戦地たちの集団に眉をしかめる。

 その男たちを嘲るようにシーナはその端正な顔に丁寧に侮蔑の表情を浮かべて言った。

「正義の味方様だよ。お前らついてないよな。よりによって今夜くるなんてよ」

「ふん。命が惜しくないらしいな」

「へっ、そんな面で俺に勝てると思ってるわけ?」

「んだとぉ?」

「そういう面は勇者様の引き立て役だって法律で決まってるんだよ。ま、俺様心広いから足掻くぐらいはさせてやるけど?」

「どこの法律だ、どこの……」

「っていうかシーナが勇者様なの? この場合僕じゃない?」

 緊迫しているはずの空気を余所にフリックとスズメがそれぞれ突っ込みを入れた。

「いいじゃん、偶には主役張らせてくれたって」

「だったら代わりに軍議出てよ。面倒くさいんだから、あれ」

「あー、いい。そういうのパス。全部仕事奪っちゃったら悪いだろ?」

「遠慮しなくていいから。いつでも代わるよ?」

 あまりにマイペースな二人に思わずマイクロトフが口を挟んだ。

「スズメ殿、シーナ殿。そんな事を言ってる場合じゃないでしょう」

「そうよ、二人とも。相手に失礼よ」

「……いいえ、ナナミ殿。そういう問題でもないのでは」

「え〜、だって失礼じゃないですか。あの人達だって好きであんな悪党面に生まれたんじゃないのよ? あんな顔だって一生懸命生きてきたんだから」

「いえ、一生懸命生きてないから盗賊なんじゃないですか?」

「……あ、そっか」

「……お前らの方がよっぽど失礼だよ」

 こっちはこっちで相手を無視して呑気な会話を始めた二人にフリックがぼそりと呟いた。

「てめぇら、相当死にたいようだな。大人しく金だしゃ命ばかりは見逃してやろうかと思ったが気が変わった。行くぞ、野郎ども!!」

「最初から命の保証はないって言ってたじゃん」

 スズメはボソッと言いつつも村長とその家族を庇うようにはっきりと構えた。

 俄かに戦いが始まった。

「おい、フリック。入り口塞げ!」

 二階からビクトールが怒鳴った。フリックがその意図を瞬時に読みとって回りこむようにして入り口を背に取った。ビクトールは三段飛びで階段を降りてくる。

「盗賊たちは皆この家に入ったようだぜ」

「あ〜、まぁ、この村で金ありそうなのこの家だけそうだもんな。女は知らないけど」

 ビクトールの上から観察しての報告にシーナが答えた。

「だったら紳士な盗賊様たちに感謝しようぜ。ナナミは村長さんたちを二階の奥の部屋に連れてって守れ。シーナとスズメは階段だ。奴等を二階に行かせるな!!」

 ビクトールの的確で素早い指示に3人が村長とその家族を二階に誘導し言われた持ち場についた。」

「多少家の中が汚れるのは勘弁してくれよ?」

 そう口の中で呟いてビクトールは獰猛な笑みを浮かべた。

「行くぞ、マイクロトフ。思う存分暴れてやれ」

「はい!」

 その返答から幾許もなく赤い血が温かい家の中を汚し始めた。

 

 

 武器を持っているのが六人。しかしそのうち二人は年行かぬ子供でしかも片方は女。

 対する自分たちは二〇人近い。負けるはずがない。

 しかし自分の部下達が次々と切り捨てられていく様に頭領格の男は唖然とした。

 戦いを始めて間もないというのに半数以上が床に倒れている。剣を振るう男たちは鬼神のごとき強さだった。その威圧感に耐えかねて逃げようとしてもその扉は青いマントをつけた男が立ちふさがり黙々と屍を増やしていく。

 頭領格の男は焦った。

 自分の腕ではあの男達には勝てまい。かといって出口は塞がれている。一方的な略奪が繰り広げられるはずのこの家で何故自分たちが閉じ込められ倒れて行くのだ。

 このままでは全滅してしまう。

 その時男はふとある考えがひらめいた。

――人質。

 男はビクトールとマイクロトフが自分の部下を相手にしているのを確認すると階段の方に駆けた。

 階段を守りながらもあまり敵の来なかったシーナがニヤリと笑んで剣を構えた。

 だが男は足を止めずに懐から丸状の閃光弾と発煙丸をあるだけ取り出して自分の口を腕で覆うと思いきり床に叩きつけた。

 その瞬間激しい光が部屋を満たし、その一瞬全ての音が消えた。光が収まった時には家中が煙に包まれていた。

 その不意をついて男はシーナとスズメの間をすり抜け二階に上がった。

「――ナナミ! 気をつけて!! そっち行ったよ!!」

「え? ……きゃあ!!」

「ナナミ!」

「ナナミ殿!!」

 家族を押しこんだ部屋の前を陣取っていたナナミは煙をまともに吸いこんでしまって蒸せかえっていた。スズメの声に顔を上げた瞬間煙の中からヌッとゴツイ男の手が現われナナミの首を掴んで宙へと吊るし上げた。

 スズメとシーナが駆け寄ろうとしたが、煙にまぎれてビクトールとマイクロトフよりましだと見た男たちが階段の方に押し寄せた為動けない。

「……くっ……!」

 ナナミの足が床を離れ、それでも地を求めて伸ばされたつま先が二度三度床をかく。

「チクショウ、見やがれ。おいっこいつの命がおしけりゃ今すぐ剣を捨てて……、……グゥア!!」

 男の勝ち誇った声はしかしナナミの放った脛への蹴りにかき消され、少し力が緩んだ。

 その隙に自分の首を締めている腕を両手で掴みそこを支点にするようにして反動をつけ左足を男の肩にかけもう片方の足をそれに引きつけるような形で顎を柔らかい所を下から蹴りぬいた。

 男の手から力が抜けナナミは床に放り出され背を打ち一瞬息が詰まった。空気を求めるように咳き込むが床のほうにまだ残った煙がそれを上手にさせない。

「……このアマ、つけあがりやがって……!!」

「――え?」

 倒れたと思った男が手負いの獣を思わせる険悪な表情で立っていた。呼吸を整える為の時間が自分で思ったより長かったのか、蹴りが甘かったのか。

 男は剣を持たぬ手でナナミのその腕を掴んで強引に引き上げ無理矢理立たせると無造作に剣を振り上げて力任せにその首筋に向かって剣を振り下ろした。

「――――――」

 その落ちてくる刃がやたらゆっくりに見えた。唇を強く噛む。体中の血液が一気に心臓に集まった気がした。

 

 

 最後まで敵を睨みつけてやろうと思って、しかし堪えきれず目を瞑った。

 強く。

 そうする事で刃すら跳ね返せるかのように。

 死にたくない。それしか頭になかった。

 次に時の流れを感じたのは生ぬるい何かが顔にかかった時だった。

 自分の腕を掴む感触は変わらず、しかし斬撃が来るには時間が立ちすぎる。ゆっくり瞳を開けると男はまだそこにいた。

 ただ、違うのはその剣を持った腕が腕の付け根から無くなっていた事だ。

 

 

 ……鬼がいる。

 そう思った。

 盗賊の後ろに鬼がいる。

 怖くて涙がひとつこぼれた。

 その影が腕を切り落とし、返す刀でその背を切り裂く。赤い花が宙に咲く。

 男の体から力が抜け、沈んだ背後から顔が現われる。

「……マイクロトフ、さん」

「ご無事ですか? ナナミ殿……」

 肩で息をして安否を確かめるマイクロトフ。

 ナナミに手を差し伸べた時、少女の体が微かに震えた。

「……ナナミ殿……?」

 一瞬、空気が止まった。

 自分を見つめるナナミの瞳に迷い子のような光が映る。

 動けなくなった。

 不意に少女はその瞳を閉じ足元から崩れ落ちた。

 マイクロトフは呪縛がとけたように腕を伸ばし倒れる直前に腕を掴み頭を打つのを防いだ。

 一度ため息をつきそのまま引き上げようとして、ふと凍りついた。

 青ざめた顔。噛みきられ血の滲んだ唇。先ほど殺した男の血が床に広がりナナミの服をじわじわ染めていく。……やめろ。

「――ミ、ナナミ! 大丈夫?」

 スズメが駆けつけてきたのを耳で確認するとマイクロトフは少女を床の濡れていないところに丁寧に横たえた。

「ナナミ!」

「お怪我はありません。安心して気を失ったのでしょう」

「――マイクロトフさん?」

 俯いたまま静かに言い横をすれ違った騎士にスズメは訝しげに声をかけた。

「ここはお願いします。――俺は残りを片付けてきます」

「マイクロトフさん」

 マイクロトフは階下に残ったわずかな敵に向かって駆けて行った。

 胸にわいた行き場のない憤りとやるせなさをぶつける為に。

 


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