明るく優しく何処までも強い彼女。

 どうして俺なんかと一緒にいてくれるだろう。



 

 日溜りに眠る花。

 



 

 ある日、偵察業務を承って城を離れた。

 以前戦場となった場に皇国軍の残党が何やら画策しているという情報が入ってきたのだ。色々調べた結果それは皇国軍の名を利用した盗賊団がその近くの村を襲おうとしていたという事実が発覚したのだが。

 盗賊団の居所を突き止めた俺は城に報告して兵を派遣してもらった。大した規模の団でもなかったので討伐は正直物足りないぐらいだった。怪我人も無くその盗賊たちが溜め込んでいた財宝は近隣の村に配った。とりあえずけちをつけられるような処置はしてないだろう。

 兵たちは先に城に帰してその村の警備体制やらなにやらいくつかの支持とアドバイスをして事後処理を片付けて一日遅れの帰還となる。城を空けた時間は一週間といったほどなのになんだか帰れることに心が浮く。村人の見送りを受けながら緩んでしまいそうな頬を引き締めるのに少し苦労した。

「助けていただいて本当にありがとうございました、マイクロトフ殿。」

 そう言ったのは村長をしている老人だった。俺は傍らに馬を率いながら、もう丸くなった背の老人に微笑みながら答えた。

「礼ならばスズメ殿に。情報を集め俺をここに派遣したのはスズメ殿ですから。」

「もしあなた方が来てくれるのがもう少し遅かったらこの村は酷いことになっていました。本当に本当にありがとうございました。」

 皺だらけの手でぎゅっと手を握ってくる。必死で家族を、そしてこの村を守ってきた手だ。そう思うと自然と笑みが浮かんできた。

「……この時代、決して平和とはいかないでしょうが……、どうか穏やかな日々を……。」

 村長は穏やかに微笑んだ。この笑顔をずっとしていられるような、そんな時代がはやくくればいいと心から思う。と、その見送る集団の足元をすり抜けて小さな女の子がひょっこりと出てきた。

「キシ様キシ様。」

 ピリカ殿と同じぐらいの年だろうか。亜麻色の髪を頭の両脇で高いところからくくっている、愛らしい少女だった。

「なんですか?」

「キシ様がワルイ人達やっつけてくれたんでしょ?」

 自分の言ってる言葉の意味を理解しているのだろうか。そのあどけない口調に周りからも小さな笑いが浮かぶ。

 俺は膝をついて少女に目線を合わせて言った。

「助けてくれたのはスズメ殿だよ。」

「うそよ。リィン見てたもの。キシ様があの兵隊の王様なんでしょ。」

「これ、リィン。」

 そのこの母親だろう。慌てて出てきた女性が恥ずかしそうにたしなめたが周りの人々は思いがけないレディの登場に楽しそうだ。

「あのね、キシ様。助けてくれてありがとう。これあげるね。」

 リィンという少女はそう言うと後ろ手に隠していたものを取り出した。

「リィンが取ってきたのよ。」

 それは白い小さなを束ねて作った花束だった。野原にいけば何処にでも咲いているような花だが、彼女がその小さな手で集めてくれたのだろう。その心が嬉しかった。

「ありがとう。受け取っておく。」

 礼を言って受け取ると嬉しそうに頬を赤らめた。

「ねぇ、キシ様。」

「なんだ?」

「キシ様はスキな人いるの?」

「は?」

 唐突な質問に顔に血が昇る。

「いるの?」

「え、や、あ、え? いえ、いや……。」

 質問がどうとかそういうこと以上に浮かんでしまった顔に動揺する。

「いないならリィンがお嫁さんになってあげる。」

 予想のつかなかった思わぬ求婚に俺は言葉がでなくなってしまった。

「おやおや、リィンの未来のだんな様はどうやら相当恥ずかしがり屋さんのようだぞ。これは頑張らねばな。」

「村長殿!」

 我ながら見事に仕事をやり遂げたと思ったのに最後の最後に強敵が出てきてしまった。

「そ、それでは俺は失礼します。あ、えと、はい、何かまた問題が起きましたら遠慮なく城の方まで連絡してください。で、では。」

 俺は逃げるように馬に飛び乗り村を出た。ように、というか本当に逃亡したのだが。……カミューの話術が切実に欲しかった。

 

 

「はぁ……。」

 なんだか最後に一気に疲れてしまった。女子供は苦手なのだ。

 手の中の花は俺の無粋な手袋にはなんだか不似合いで微かに苦笑したところでふと思い出した。

「……この花は……。」

 あぁ、そうだ。

俺はあの時もそう思ったのだった。

 微かに苦笑しつつ思い出す。

 あの時、初めてナナミ殿にあったあの時も……。

 

 

「……女子供は苦手だ。」

 まだ、俺がロックアックスの地にいた頃、あの時の俺は常に苛立っていた。

 目的のわからぬハイランド軍の行動、何時までも決断を下さぬゴルドーの考え。

 どうすればいいのかわからなくて、でも何かしなければいけないような焦り。行き場の無い焦りにただ憤りまわりに当り散らしていた。今考えればカミューにはいい迷惑だっただろう。あいつだって辛い立場だったことに変わりはないのに。

 ただ勢いだけで城を飛び出しミューズへと向かった。関所を超える為に同盟軍の盟主のパーティーに参加させてもらったのだが結局ば。れてしまいカミューの手回しによって通過できることが出来た。

 ならば同行させてもらう必要などなかったのではないか?

 後悔が胸に渦巻いていた。同盟軍がマチルダに協力を求めてきたのは喜ばしい。あの軍には手練れの高名な傭兵達がたくさんいる。だがその主を認めていたわけではなかった。

 切羽詰っていたから同行を頼みはしたが間近で見たらより一層その幼さが目立つ。

 まして連れてきたメンバーの中にはその姉というやはり幼い少女がいた。戦場を甘く見ているのではないか。加えてもらった立場だからいえなかったがもし対等な位置にいたのならば彼女の同行には断固拒否をしたことだろう。戦場は、遊び場ではない。

 決して油断できる状況ではないというのに少女はなんだか楽しそうに弟と笑ってはふざけていた。

「ねぇ、マイクロトフさんって騎士団長さんなんだよね。」

「…………えぇ、まぁ。」

 遠足と勘違いでもしているのではないだろうか。

「カミューさん、だっけ? あのカッコいい人。あの人とどっちが強いの?」

「……さぁ。」

 ――イライラする。

「ねぇ、マイクロトフさんはどうして騎士になっ……。」

「申しわけありませんが!」

 言葉を乱暴に遮って強い口調で言った。

「……考え事をしているんです。話し掛けないでもらえませんか。」

 ……きつすぎただろうか。自分の口調に少し後悔したが、

「マイクロトフさん、眉間に皺がよってるよ。駄目だよ、そういう顔していると幸せが逃げちゃうよ?」

 ……聞いちゃいない。

 深くため息をついた。こんなことをしているあいだにもルカ・ブライトは……。

「ねぇ、マイクロトフさん。」

「……何ですか。」

 考えすらさせてもらえない。眉根に指を当てつつ目を閉じながら答える。

「これあげる。」

 目を開くと目の前には小さな花があった。白くてこの季節ならば野原のあちこちに咲いている花だ。

「これ、を?」

「あげる。いい匂いがするでしょ? 落ち着くよ。」

「…………。」

 眉根により力が入る。

 自分が情けなかった。俺はいったい何をしているんだ。今この時に誰かが殺されているかもしれない。なのに俺がしていることは何だ。

 子供と一緒に相手を探るしか出来ない。子供に花などもらっている場合か?

 無力だった。一時も止まらず変化しつづける状況の中、俺は一体何をしている。時代の流れの端に追いやられその部隊に上がることすら許されない。

 苛立ちが俺の身を苛む。気がつけば俺は受け取ったその白い花を握りつぶしていた。

「……マイクロトフさん。」

「……すみません。先を急ぎましょう。」

 感情を押し殺して言い捨てた。

 手を開くと無骨な手袋の中で無残に砕けた花弁。やりきれない感情が胸に浮かんで小さく舌打ちした。

 ……何をしているのだ、俺は。

 胸に浮かんだ後悔を振り捨てるようにその花を捨てた。

 少女の顔を見れなかった。

「マイクロトフさん。」

 唐突にその弟に声をかけられて思わずビクっと震えてしまった。

 なにをこんな少年に怯えている。そんなに後ろめたかったのか。

 そんな内心を悟られるように何事もなかったように答えた。

「なんでしょうか。」

「…………。」

 スズメ殿は暫し黙って俺の顔を見つめていた。真っ直ぐに俺を見つめる瞳はどこか透明で、何故か居心地が悪かった。

「スズメ殿?」

「……ま、いいですけど。」

 ちょっと溜め息をつくように小さく言った。

「ナナミ甘く見ると後でしっぺ返しくらいますよ?」

 ナナミ、貴方が気に入ったみたいだから。

「…………。」

「それより……。」

 スズメ殿は進行方向をすっと指差して静かに言った。

「見えてきました。……ミューズです。」

 

 それから起こったことは、一体なんだったのだろう。

 ただわかったことは真の紋章の恐ろしさと、俺一人では何もできないということだけ。

 帰り道、俺たちは無言だった。

 何もいえなかった。

 ……無力だった。ひどく無力だった。

 

「……なんか、凄いことになっちゃったね。どうしようか、スズメ。」

 その沈黙を一番最初に破ったのはナナミ殿だった。正直ほっとしたことを覚えている。

「……まいっちゃったね。やっばいなぁ。」

 スズメ殿の口調はなんだか軽かった。まるでハイキングで食事をしようとしたら急に雨が降り出してしまったかのような。今ならば、そうやっておどけることで精神の安定を図っているということがわかっただろう。

「シュウに相談しなきゃ。……早く手を打たないと。」

 最後の言葉はまるで自分に言い聞かせているかのような口調だった。彼は俺を振り向いて真剣な瞳で訪ねてきた。

「青騎士団長殿。率直なところを聞きたい。……この現状を受けてマチルダ騎士団は、いえ、ゴルド−さん動きますか?」

 その瞳は真剣で偽りをゆるさない射抜くような鋭さを持っていた。

「……俺が説得します。」

「……動かないと思っているんですね。」

「……必ず俺が……。」

「無駄じゃないかなぁ。」

 言葉を遮るように能天気な声が響いた。

「……ナナミ、ちょっと黙っててよ。今難しい話してるんだから……。」

「難しくないじゃない。あのおじさん絶対軍出したりしないと思うよ。」

 軍主の威光も姉には通じないらしい。あっさりと口に出しがたいことを言ってのけた。

「マイクロトフさんだってわかってるでしょ? あの人絶対軍出したりしないよ。」

「……そんなことありません。あの方だって騎士です。ハイランド軍の狂行をしったのなら……。」

「……動かないよ、絶対。」

 その声はやたら確信に満ちていて思わず反発心を抱いてしまった。

「ゴルド−様を侮辱しないで下さい。」

「だって本当のことじゃない。」

「…………。」

 スズメ殿は黙ってやり取りをみている。

「あの方を侮辱するということはマチルダ騎士団への侮辱ととってよろしいのですか。」

「いいよ、別に。」

「あなた方はマチルダ騎士団と協力する為に来たのではなかったのですか!」

「だってあの人何もしてくれなかったじゃない!」

 ナナミ殿の瞳が強く俺を射貫いた。

「……ミューズの人助け求めてたじゃない。貴方達のこと頼りに一生懸命逃げてきたんじゃない。」

 その瞳が微かに濡れている。

「……どうして見捨てたの? あの人たち貴方達のことだけを頼りに逃げてきたんだよ? マチルダにくれば、そうすればきっと助けてくれるって思ったから……。」

 少女の向こうに死にきれないミューズの人々の影が見える。

 違う、俺だって、俺だって……。

「私がゴルド−を侮辱したんだったら、あの人はミューズの人達の命を侮辱したんだ!」

「俺だって助けてやりたかった!!」

 引き込まれるように怒鳴り返した。

 そうだ、俺だって助けたかった。自分を頼りにして来てくれた人々をどうして見捨てられる?

 ふとナナミ殿は表情を無くし静かに問い掛けてきた。

「……あの人は動かないよ。マイクロトフさんはどうするの?」

「……俺は……。」

 俺は。

「……ゴルド−様に従います。」

「……また見捨てるの?」

 揺らぎない清い瞳が俺を責める。あぁ、俺を見ないでくれ。

「俺は騎士です。騎士としてゴルド−様の命令には従わなければなりません。」

「キシのことなんてわかんないよ。私頭悪いもん。私が聞きたいのはマイクロトフさんがどうするかだよ。」

「俺は騎士として上司の命令には従わなければなりません。」

「それで本当にいいの? 騎士がどんな人かなんてわかんないよ。だけど困ってる人見捨てて上の人の命令ばっか聞いてて、それが騎士なの? 弱い人助けてくれないの? それで本当にマイクロトフさんはいいの?」

 少女は言葉を切り、少し不安げに尋ねた。

「それが騎士なの?」

 

 聞かないで。

 

 正しいことは時にそれだけで痛い。

 貴女が言ってることを誰が否定できるだろう。貴女が正しい。

 きっとゴルド−様は動くまい。

 ロックアックスの民を守る。この建前が崩れない限りあの方は動かない。

 俺はどうすればいい?

 カミューに苛立ちをぶつけながら、何も出来ないまま燻っていくのか? 大きな唸り声を上げてとどろく時代に生まれたというのに、何も出来ないままこの土地で……。

 俺は……。……俺は……。

 

 

「……俺は騎士です。」

「それが騎士なの?」

「……俺は俺の生き方を変えられない。」

「……それが、騎士なの?」

 

 

 ロックアックスの城。俺の愛したあの美しい町。

 ……もう捨てた地。

 再びあの城に帰る時、俺は一体どんな顔をしているのだろうか。

 結局俺は我慢できずあの城を飛び出した。よくカミューも俺に付き合ってくれたものだ。

 後悔が全くないと言ったら嘘になる。ゴルド−がハイランドと手を組んだ以上いずれ決着をつける時がくる。

 いつか戦うのだろう。あの日共に戦った戦友たちと。

 だが。

 俺は順調に進む馬の脚を止めて前を見た。その先に湖を後ろに従えた今の俺の城が見える。

 わかっていることがある。

 もしあのままあそこにいたら今より確実に深い後悔をしている、それだけは確かなことだから。

 手の中の白い花束を見た。あの時もらった花は握りつぶしてしまったけれど。

 俺は馬を走らせた。

――「……それが、騎士なの?」

 今なら怯えずあの瞳を見れる。

 

 

「あー、ダンチョー帰って来たぜ。ダンチョー。」

 城へと入場した俺を出迎えた第一声はそれだった。

 呼ばれたほうをみるとそこにいたのは戦争孤児でこの城に身を寄せている少年だった。気が強いが面倒見のよいこの少年の回りには同じく孤児となった子供達がいた。

「ダンチョー、おかえりなさーい。」

「怪我しなかった? 悪い人やっつけたんでしょ?」

「なぁ、ダンチョー。ちょっと来てくれよ。」

 彼らはカミューのことはカミュー様と呼ぶくせに俺のことはダンチョーと呼ぶ。なぜだ。

 たまたまその場を通りかかった騎士団のものに馬をを預けて俺は導かれるままついていった。

「ダンチョーつれてきたぜ。」

 大きな木の元に連れて行かれた。その根元には5,6人の子供が集まっていた。

「何かあったのか?」

「うん、見てよ。」

 少年が指差すとその場にいた子供達が道をあけた。その指差す先にいた者は。

「……ナナミ殿?」

 少女が木にもたれかかって健やかな寝息をたてていた。

「ナナミねーちゃん、俺達に本読んでてくれたんだけど途中で寝ちゃったんだ。」

 少年の声は不服そうだった。厚さから見るに丁度話の真中あたり、これから佳境に入ろうというところだったのだろう。

「疲れてるんだろう。眠らせてやってあげてくれ。」

「だってまだ読み終わってないんだぜ?」

「道場に行くといい。誰か騎士がいるだろう。」

「読んでくれるかなぁ。」

「団長命令だといっておけ。」

 別にきっと言わなくても相手にはするだろうが。心に余裕が無かった日々を恥じるかのように今あいつらは笑いあるべき人との交流を楽しんでいる。

 まだ少し不安げな少年の頭を乱暴になで微笑むと笑顔を返して走り出した。

「いこーぜ。」

「カミュー様いないかなぁ。」

 子供達は思い思いの言葉をあげながら元気よく走っていった。 

 その背を見送ってから再び少女の方を向く。さて一体どうしたものか。

「……風邪を引きますよ?」

 彼女の近くに膝をついて風に揺れる前髪に触れた。

「……ン〜。」

 彼女は駄々をこねるようにかすかに声を出しただけで起きる素振りはない。あまりに無邪気で無防備なさまに少し不安になる。

「……あまりそんな顔を他の人に見せないで下さい。」

 もらった花束から一本引き抜いて日の光に温かくなった彼女の髪にさした。飾り気のないその花はあどけないその寝顔によく似合っていた。

「……さて、どうするか。」

 その寝顔は健やかでそのままにしておいてやりたいのはやまやまだがいずれ日も落ちる。風邪を引いてしまったら大変だ。

 部屋に運ぶか。帰還の報告に行かねばならないがそれぐらいの寄り道は許されるだろう。

 俺はマントを脱いで少女の体にかけると起こさないようにそっと抱き上げた。太陽の匂いがした。

       少女の寝顔を見ていると、今が戦時中だということを忘れてしまう。

 心に優しいものが満ちていく。

 俺は一体誰にどれだけこの腕の中の少女に会えたことを感謝すればよいのだろう。

 愛しさが胸に込み上げ、抱く腕に力が入ってしまった。

「……ん、ん〜?」

「あ、すいません。起きてしまいましたか?」

「……マイクロトフさん?」

 薄く開いた瞳が俺を認めると、まだ寝ぼけているのだろう、夢見るように微笑んだ。

「眠っていていいですよ。部屋まで運びますから。」

「帰ってきたんですね。」

 その笑みが俺だけに向けられていることが無性に嬉しい。

「たった今帰ってきたところです。」

「……おかえりなさい。」

「……はい。」

 答えると、どうしてそんなに喜んでくれる? 嬉しそうに微笑んで俺の胸に頭をもたらせて瞳を瞑った。

「マイクロトフさんいなくてつまんなかったよ。」

「すいません。」

「明日の朝は一緒に訓練しようね。」

「はい。」

 言われたことを思い出す。

――「ナナミ甘く見ると後でしっぺ返しくらいますよ?」

 見事にくらってしまった。

 自分が面白みの足りない男であることは知っている。何を勘違いしたのか近づいてきた御婦人方に何度も言われたことがある。

 どうして俺の近くにいてくれるのだろう。怖くて聞けない。

 時折不安になる。俺が与えてもらった優しさ、その何分の一かでも彼女に返してやれているのだろうか。

 あぁ、見事にはまってしまった。こんなにも彼女が心の中に根付いていて離れられない。

「……ナナミ殿。」

「ん〜、なぁに?」

 もう、その声は半分夢の世界へ飛んでいて。

「……いえ、なんでもありません。寝てください。明日も早いですよ。」

「うん。」

 すぐにその呼吸は小さな寝息へと変わった。

 俺は少し歩く歩調を緩めた。腕の中の温もりをもう少し味わっていたかった。

 

 ずっとこの温もりと共に歩いていけるのだと思っていた頃。

 夕べを思わせる風は優しく城を吹き抜けていった。

 



from crazy*3