「君は僕を笑うかい?

 僕はこの瞬間から、この国の守護者を名乗るんだけど。」



 いや、別にそれを笑ったりはしないが。





 Victim*2





「とりあえず、ちょっと偉くなってみたよ」

 司令の証である赤いスカーフを速水が受け取ることになって1番驚いたのは誰だったろうか。その有力候補者である所の二人はわずかに顔を強張らせただけだったが。

「……というわけで暫らくお世話になりますよ」

「……うむ」

 指令の座を追われた善行と、パートナーに逃げられた舞は共に三号機を動かすことになった。

 太陽も沈みかける仕事時間。どうにも気まずい空気が流れていた。滝川も壬生屋もこの空気を嫌ってかハンガーに近寄らず、テレパスセルで場所を確認した所グラウンドはずれにいるようだ。訓練でもしているのだろう。

 互いが互いに今の心境を尋ねたいが、それもデリカシーに欠けるような気がして出来ない。互いにチラチラ見ては視線が合ってしまって目を逸らす。そんな事を何度繰り返しただろう。その空気に飽いた善行が大きく1つ息をついて作業の手を休めると舞に声をかけた。

「……芝村さんは知っていたんですか?」

「……なにをだ……?」

 ゆっくり振り返りながら尋ね返したが、その低い声音から善行の抽象的な質問の意図を的確に把握していたと思える。

「速水君ですよ。……まったく大した猫を被っていたものだ」

「ふん……」

 舞は腕を組んでコンソールに寄りかかった。

「今日の配置替えのことを貴女は知っていたのですか?」

「…………」

 舞は表情を消し、微かに俯いた。

 こりゃ聞かされてないな。善行は直感的に思う。

「別に私はいいんですけどね。新しい職の世話もしてもらえた訳だし、司令なんて胃が痛くなるだけなので正直せいせいしましたからね。……ですが貴女は?」

「……どう言う意味だ」

「貴女はずっと三号機で速水君と戦い戦果を上げてきた。誰も期待していなかった戦果を、ね」

 その言葉に誇張はない。誰があんな故障だらけのおもちゃのような人型戦車にそのような期待をかけるだろうか。

 だが、現実に5121小隊の名は熊本中に響き渡っている。それもこの三号機の活躍による所が大きい。

「……パートナーが代わって、それでも貴女は戦えますか?」

「そなたの心配はわからぬ訳でもない。私は速水以外と組んだことは無いからな」

 舞は顔を上げて善行の顔を真っ直ぐ見つめた。

「……暫らくの間撃墜数が少々落ちる。それは諦めよう。速水が勝手に起こした配置替えだ。それぐらいは目を瞑ってもらう」

 舞は少し寂しげな笑みを浮かべた。

「……適当にへらへら笑うのに疲れたそうだ」

「え?」

 声が小さくて聞き取り辛く思わず聞き返す。

「速水が言ったのだ。適当にへらへら笑うのに疲れたと」

 舞は皮肉げに口の端を吊り上げ自分の手の平を見つめた。

「……ならば私が今まで見てきた笑顔はなんだったんだろうな」

 そして手の平を握った。何かを握りつぶすように。

「さて、仕事に戻るとするか」

 舞は表情を改めて清々しそうな笑みを浮かべた。

「そなたは一日でも早く一人前のパイロットになれ。私も出来る限りの協力はしよう」

「……芝村さん……」

 何か言葉をつなげようとして適当な言葉が出てこないで黙る。

「大丈夫だ、善行。私のやることに変わりはない。それは勝つことだ。そして勝つために出来る限りの事をすることだ。人間と言うものは目指す所さえ定まっていれば苦しくとも迷うことは無い。今は余計なことに頭を使う余裕は無いのだ」

 いつもの確信に満ちた声で言った後、少しだけ顔を崩した。



「……だから善行。そんな顔で私を見ないでくれ……」



 なんか。

「……この顔は生まれつきなんですけどね」

 

 そんな表情をするようになったんだなと。

「さて、では仕事に励むことにしますか」





 それがどうと言う訳では別にないけれど。







 二人とも仕事を嫌いな口では無いので作業は黙々と進み、気がつけば天井に月が輝く時間になっていた。

「……随分調整が進みましたね」

「あぁ、そうだな。今日はこのぐらいで切り上げるとするか」

 舞は癖のように額に手を当てたが、まだ夜は冷え込むこの季節に汗はかいていなかった。むしろ。

「……ここの仕事は随分冷えますねぇ」

 冷たいコンソールやら機体を弄くればいやでも体温を吸い取られて行く。

「手が酷く冷えますよ」

 自分の手をこすり合わせながら息を吹きかける。大した効果があるわけでもないが、気分と言う奴だ。

「こんな日には温泉にでもゆっくり浸かりたいものです」

 しみじみ言ったら舞が吹き出した。

「なんです?」

「いや、すまん、なんでもない」

「気になるじゃないですか」

「いや、本当にくだらないことだ」

「だったら言ってくださいよ。そういうのすごい気になる性質なんです」

 重ねて言うと本当につまらないことだぞと念を押してから微笑んで言った。

「……以前同じことを厚志も言っていた。自然休戦の時期が来たら皆で温泉にでも行きたいと……」

 舞の視線がどこか遠い所に馳せられる。その声の優しさが無意味に胸を締め付けた。

「……あのですね、芝村さん」

「なんだ?」

 善行は手を口許にやったまま言った。

「貴女はもう少し自惚れてもいいんじゃないですかね」

「……?」

 意味がわからず舞は訝しげに眉をひそめた。

「適当にへらへら笑うのに疲れた、彼はそう言ったと言いますが、それでも貴女といる時の速水君は幸せそうに見えましたよ」

「…………」

 舞は静かに顔を逸らす。

「それに例えその笑顔が造られたものであったとしてもです。それを貴女に晒しつづけるのが辛かったから、貴女に誠実でありたかったからこその行動であったのではないでしょうか」

「……随分都合のいい解釈だな」

 舞の口元に苦いものが浮かぶ。

「だから自惚れなさいと言ってるんです。少なくとも客観的に見た場合、貴女は彼にそうさせるだけの存在です」

「ならばどうしてあいつは一人で勝手にこんなことをするのだ……! 共に戦おうと言ったのに、共に駆け抜けようと言ったのに……!!」

 初めて舞が言葉を荒立たせた。瞳にきつい怒りの色――それは屈辱でもあったのかもしれない――を浮かべたが一瞬で消し、激昂した自分を恥じるように唇を噛み俯いた。

「……そなたに言ってもせんの無いことであった。すまぬ、忘れてくれ……」

 それ以上甘い言葉を言ってもきっと受け入れることは無いだろう。善行はだからあえて事務的な口調で言った。

「別に貴女を慰める気はありません。ただ、私の目に映った事実を言ったまでです。気に入らなければ忘れてください」

「……勝手なことを言う……」

 舞の口調はなんだか悔しげで、それが少し可笑しかった。

「……何を笑っておる」

「いいえ、なんでも」

「私は不愉快だ」

「それは失礼を」

「……だが、感謝を」

 ふと口調が和らいだので思わず舞を見る。

「……そなたの心遣いは、……嫌ではなかった……」

 最後の方は口の中でぼそぼそ言っていたのでよく聞こえなかったが、その様は素直に可愛いと思った。

 だから善行は舞の手に自分の手を伸ばした。思わず手を引く舞。

「な、何をする」

「いえ、手が冷たいので暖を取ろうかと思って」

「ば、馬鹿者! 私とて同じ作業をしていたのだ。手の温度など変わりはしないだろうが……!」

「まぁ、手の温度はね」

 そう呟きながらまた手を伸ばす。今度は捕まえた。2つの手を両の手の平で包み込み自分の口許に持って来た。

「な、なな、な……」

 ……小さい手だ。この手が、どれだけのものを救って来たのか、そしてどれだけの物を得ようとしているのか、本当に知るものはとても少ない。本当に見返りを求めない少女だから。

 善行はにっこり笑うとその手を舞の真赤になった頬にやって上から押さえつけた。

「ほら、あたたかい」

「…………!!」

 そして自分は舞の首筋に手を当てる。首も真赤になっていたので充分温かい。

「人間カイロですね、これは」

 そう言って手の甲も当てる。温かい。

「お、おおお、おま、……」

 明晰な舞の頭脳は凍りついたらしいので怒りの鉄拳が飛ぶまでにはまだかかりそうだ。手を温めてさっさと逃げるとしようと考え再び手の平に戻そうとした時。

「……何やってるんですか? 善行さん?」

 ぽややんとした笑顔と、笑っていない目、語尾についたクエスチョンマークがやたら怖かった。







 次の日の朝。再び配置替えが起きた。善行が三号機からスカウトへ。昨日は同情の目で見られて辛かったが今日は呆れた目で見られて切ない。

「いやぁ、こうやって共に訓練をするのも久しぶりですねぇ」

 放課後の仕事時間、グラウンドの走り込みを黙々とこなすのは来須と若宮の仕事と決まっていたのだが、今は無口な方の戦士は迷惑な上司のせいで押し出されて無職でぷらぷらしている。

「……で、何やらかしたんですか、千翼長」

 同僚となった若宮が相当走っているのに息1つ乱さず結構冷たい声で聞いてきた。

「人聞きの悪いこと言わないで下さいよ」

 こちらも飄々としているが大分疲れている。年だ。

 その顔からやっぱり何かしたんだなぁと察する。長い付き合いだし。

「まぁ、速水君の手腕を試せて良かったじゃないですか。昨日のあの時間から今朝までに配置替えの書類整えて決行したんですから」

「何綺麗にまとめようとしてるんですか」

「……なんでそんなに突っ込み厳しいんですか、若宮戦士」

 男が拗ねても可愛くない。若宮は疲れたようにため息をついて言った。

「どうでも言いですけど、何時までもここにいないで下さいよ」

「うわ、ひどいこと言いますね、貴方」

「部署戻る時来須の世話もしてやってくださいよ。最近武尊とか装備品とか陳情したから発言力少ないんですよ」

「あぁ、あの武尊来須君が陳情した奴だったんですか。いえ、今朝自分用に装備とか変更しちゃったんですけどね」

「戻しておいてあげてください」

「え〜、貰って行こうと思ったのに」

「返しなさい、ミスター」

 ちぇっと小さく舌打ちする上司にもう1度若宮は大きく息をついた。

「……まったく、本当になにやらかしたんですか」

「別に大した事して無いですってば。……速水君もアレっくらいの仕返し大目に見てくれったっていいようなもんなのに」

 ぶつぶつ苛める善行に、あぁ、やっぱりこの人司令の座を追われたこと根に持ってたんだと思った若宮は完全にとばっちりを受けた来須を思って憐れんだ。

 真赤な夕焼けがやけに綺麗な空だった。

 


from 幸福詐欺師