眠れぬ夜。







……口論をしている。緑の黒髪の美しい少女と、粗暴な印象を受ける男。

 美しい少女だ。凛とした瞳、形の良い唇、滑らかな肌。女の色香の代わりに身にまとったものは、風強い大地でも倒れぬ強さと潔さ。キアランの城の回廊にかけられたマデリン様と同じ面差し。……いや、確かに女らしさには著しく劣っているところはあるけれど。

 それに引き換え、男は貴族とは思えぬほど荒々しい言葉遣いで、立ち振る舞いもどこか品にかけている。フェレの公子と大違いだ。声も大きく騒々しい。

「いい加減素直にはいたらどうなんだ」

「だから素直に言ってるじゃない」

「うるせぇ。黙れ」

「言えって言ったから言ったんでしょ……!」

 ずかずかと大またで歩く美少女の後を、同じく大またで追いかけていく図体のでかい男。

「なぁんでそう可愛げがないんだ、お前は」

「だったら私なんか放っておいてもっと素直な女の子を捜したらいかが? オスティアの候弟ならお相手したい女性なんて山のようにいるでしょ」

「……捜さねぇよ」

「なんでよ」

「んなことしたらお前泣くだろうが」

「……うぬぼれないでよ……!!!」

 少女は一瞬押し黙った後、その言葉の意味を正確に理解して首筋まで朱に染めた。

「……真っ赤だぞ」

 高い所で結った髪の隙間から細い首筋が見える。男は、卑劣にも少女が気づいてないことをいいことにまじまじと眺めながら(しかも微妙に顔がにやけている気がする)言った。

「うるさいうるさいうるさい」

「おい、リン」

「うるさい」

「リン……!」

「うるさいったら」

 御可哀想に、男にからかわれた少女は、もう何も聞きたくないといった風情で首を振って足を速めた。

「…………」

 男がむっと気にくわなそうに口をゆがめた。嫌な予感がむわっと広がる。

 男は足を速めると、少女の細い二の腕を掴んだ。

「触らないで、って、……きぁあ」

 少女の、ちょっと少しほんのり色気に欠ける悲鳴が、廊下に響く(そう、そこはどこかの大きな屋敷の中だったのだ)。

「何すんのよ、ちょっと下ろして……!!」

 大きな図体に抱き上げられた少女は可愛そうなほど小さく見えた。うろたえた様子が哀れになる。その手を放せ。

「ちょっと、何考えてんのよ……! バカじゃないの……!!」

「お互い様だろ」

 男は少女の抵抗など意にも介さないで、きょろきょろと辺りを見回すと、一つの空き部屋を見つけてそちらに向かって歩き出した。あぁ、一体何のつもりだ。

「ねぇ、ちょ、待って、ヘクトル……!」

「もう、十分待った」

 男は片手で少女の体を支えて無意味に今日に扉を開けて中に滑り込み、後ろ手で扉を閉めた。鍵を閉める音が無情に響く。

「ヘ、ヘクト、ル……?」

「うるせぇ」

 男はしっかりと整えられた寝台に目をやるとそこに乱暴に少女を放り出した。

「な、あの、ちょ……」

「なんだよ」

「え、あの、冗談……、だよ、ね?」

「冗談に見えるのか」

 男が方膝を寝台に乗せた。ぎしっときしんだ音が妙に生々しい。首筋のボタンを2,3個緩めて体を傾ける。どこか一本切れたかのように半眼で少女を見下ろしている。男の影に細い肢体はすっかり隠れてしまう。

「ヘ、ヘクトル、あの、えぇ……?」

 少女の目は泣きそうに潤んでいる。

「ねぇ。落ち着いて、ヘクトル。正気に戻って」

「うるさい、ちょっと黙ってろ」

 そういうと男は、なんと言うことだ、薄い上掛けの端を掴んで自分と少女を包み込み、寝台の中に沈んだ。

「ちょと、待って! 待ってってば……!」

「待たない」

 必死の抵抗だろう、布が揺れる。布からはみ出た少女の手首を、無骨な手が押さえ込んでいて、あぁ、もう。

「だっ、ねぇ……! ヘクトルってば……」

「……リン」

「あの、ねぇ、ちょっと落ち着い……」

「少し黙れ」

「だ、な、ちょ……、……ん……」

 不吉な声が響く。暫し暴れていた布団が嫌な感じに落ち着いてくる。

「……リン……」



 つかまれた手から、力が抜けた。







「うわあああああああああああああああああああ」







 がばっと起き上がる。嫌な寝汗がぐっしょりと服を濡らしている。はぁはぁと息をはく。

「……どうしたぁ、ケントぉ……」

 寝ていた相棒のセインが寝ぼけた声で話しかけていたことに気づいていたが答える余裕はない。俺は立ち上がるとテントから抜け出し最愛の主君の姿を捜す。

「リンディス様……! リンディス様、どちらですか……!!」

 テントの外は美しい星空。だが、それを楽しむ余裕はなく、頬をなでていく風すら鬱陶しい。そうだ、今日は河の近くの野原にキャンプを張ったんだった。ざっざっと草を踏み分ける音、自分のはぜる息の音が耳障りだ。

「リンディス様……!!」

「……ケント……?」

 ふと、どこからか涼しげな声が聞こえてきた。慌ててその声の持ち主を捜すと、木の陰にその方はいた。

「どうしたの? そんなに慌てて」

 無事だ。肩から力が抜けていくのを感じる。軽く傾けた首が可愛らしい。だが、そんな安堵もつかの間。

「なんだ、ケントか。何かあったのか?」

 木の陰からひょっこり顔を覗かせた男。諸悪の根源。

「リ、リンディス様……! どうしてこの人と一緒に……!!」

「え、ど、どうしてって」

 困ったように男と顔を見合わせる我が主。その仕草すら、なんだか気心通じているようで腹立たしい。

「いや、俺らこれから夜の見張りで……」

「私がやります……!」

「え? だ、だってケント昨日夜番だったでしょ……? 2日連続じゃきついんじゃ……」

「大丈夫です。それくらいでどうにかなるようなやつはキアランの騎士など務まりません……!!」

 リンディス様の腕を掴んで(あぁ、やはり細い腕だ)男から引き剥がすとその背を押して彼女のテントの方へ押しやった。

「あ、おい、リン……」

「ヘクトル様もそれでよろしいですね」

「あ、いや、ええと……」

「よ・ろ・し・い・ですね」

「……はい」

「結構。では、リンディス様。ゆっくりオヤスミください」

「あ、うん。じゃ、じゃあ、お願いね、ケント……」







 麗しい後姿を見せて去っていく少女の背を、どうにも腑に落ちぬ顔をしている男と共に見送りながら思う。

 この男に隙を見せてはいけない、と。







 キアランの騎士も色々大変なのだ。

 


from 幸福詐欺師