別に愛想振りまいて欲しいわけじゃない。わけじゃないけれど。

 あぁ、なんていけ好かない。





 お前は笑わないけれど。





 硬い音を立てて、マーニ・カティは弾き飛ばされた。受け止めた衝撃の強さに、少女も地面に腰をつく。

「……っ」

「……一本あり、だな」

 俺は細い剣を弾き飛ばした斧を担ぎなおして、少女を見下ろした。

「さ、そろそろ今日は終わりにしねぇか?」

「まだよ、もう一本」

差し伸べられた手は払いのけられ、豊かな緑の黒髪を持つ少女は弾かれた剣を手に取り再び構える。

「……なんでそんな元気なんだ、お前は……」

 俺は呆れながら隙なく構える少女――リンディスを見る。

 勝気そうな瞳。その目は、なんかもう、あからさまに敵を見るそれだ。一応仲間として一緒に旅をしてきたはずなのに。

「なぁ、人の顔見りゃ勝負勝負って、お前いい加減飽きないか?」

「ぜんっぜん……!」

 言いながらリンは軽い動作で打ち込んでくる。速い。

 俺は舌打ちをしながら肩を引いた。少し剣が肩を掠めたが、厚い鎧はびくともしない。俺は剣を持ったリンの手を強引につかんで地面に転がした。

「った」

「俺の勝ち。もう満足したろ?」

「…………」

 悔しげに引き結んだ唇、噛まれたそれが痛そうで可哀想だった。



 髪が青々とした大地に広がる。俺を睨み付ける強い強い瞳。

 ……本当はその瞳が美しいことを知ってる。怒りに燃えていればなお。

 勝気で負けず嫌いで危なっかしい。気がつけば敵の真っ只中に突進していて目が離せない。

 かと思えば、美しい夕暮れの日、その美しい瞳が透き通り、遠いどこかに思いを馳せる。その横顔は儚く、されど美しい。

 動と静を一つの体に秘めた、そう、まるで風のような娘。

 わからない女。





「……つか、お前俺の前だと怒ってばっかだよな」

「は?」

「……あのな、リン」

 静かに手を差し伸べると、少女は今度は大人しく手を取った。

 細い手。引っ張りあげたら軽々と立ち上がった。

「お前さぁ」

 たまたま通りすがった風が長い黒髪を揺らす。

「……もちっと笑えよ」



 握った手の温もり、戸惑った瞳、不覚にも少し見とれた。







 その時だった。

「リンディス様? どちらですか、リンディス様……!?」

「……ケント?」

 彼女の口から漏れたのは、キアランの忠実なる騎士の名だった。

「ケント! こっちよ」

「そちらにいらっしゃいましたか」

 赤い鎧を身にまとった、端正な顔の男が姿を表した。

「何か用?」

「いえ、お姿が見えないのでどちらにいらっしゃったのかと……」

 ふと、男の目が繋いだままだった俺たちの手に注がれたのを感じ、慌てて手を放した。

「ごめんなさい。ちょっとヘクトルに手合わせしてもらってたの」

「またですか」

 困った子を叱るようにケントは小さくため息をついた。リンがごめんなさいと肩をすくめる。妙に子どもじみた動作だった。

「ヘクトル様のお手を煩わせてはいけないと言ったでしょう」

「だって……」

「リンディス様」

「……はぁい」

 しぶしぶ頷いたリンディスを満足げに見やると、青年は俺のほうに向き直った。

「お手数をおかけいたしまして、失礼しました。ヘクトル様」

「……いえいえ、どうしたしまして」

 物腰の落ち着いた青年の笑顔が、なんだか気に食わなくて、俺は我知らずむすっとした口調で答えていた。

「また、リンディス様が何かご迷惑をかけましたら私のほうまでお申し付けください」

「ケント……!」

「それでは行きましょうか、リンディス様」

「……うん」

 素直に頷くリンディス。俺には反抗してばっかりなのに。

 いや、別にそんなのどうでもいいのだが。

 いいのだが。

「……逃げるのか?」

「は?」

「勝負。まだ納得してないんだろ? 負けっぱなしで逃げるのか?」

「な! そんなわけないでしょ!!」

 再び腰を低くして剣を構えた少女。思わずにやっとする。

「やるか?」

「もちろん」

「リンディス様!」

 睨み合った俺たちをケントが制止しようとする。

「気にするな、ケント」

 自分から踏み込む。

「別に俺はこいつのこと迷惑って思ったことはねぇよ」

 硬い音が響いた。

 刃越しに見える瞳。

 相変わらず強い光をたたえるそれには挑戦的な光が輝く。ぞくっとした。





 俺に対して笑みを浮かべないならそれはそれでいいだろう。

 その代わり、この目を見るのも俺だけだ。

 俺は斧を振り上げた。

 

 


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